仏教弾圧は儒教派からの攻撃だけでなく、食いつめた者達が多数、寺に入りこみ、寺領が拡大し、国家経済を蝕(むしば)んだからである。

それで、唐代の会昌の廃仏、後周の世宗の迫害と弾圧は続いた。

とりわけ唐の武宗の廃仏は徹底的で仏教寺院四万を廃し、僧侶二十六万人を還俗させた。

しかし、これらの弾圧から思わぬ副産物が生れた。

あくまで仏教の修行をしたい、という者達は、山の中に逃げこんで独自の修行を始めた。

禅の誕生

着のみ着のままで山中に逃げこんだ者達は、ひたすら坐禅を行った。

経典などなかったから「不立文字」を標榜した。寺領もなかったから、山林を切り開いて、穀物や野菜をつくった。

これが思わぬ効能がある、ということがわかったのでこれを「作務(さむ)」と呼んで修行の一環とした。

仏道修行はもっぱら坐禅によったのだが、これは結果的には、仏教の原点への先祖返りとなった。

仏教の祖とされるゴータマ仏陀は、瞑想によって悟りを開いたとされる。暑いインドで涼しい夜の恵みが静慮であり、これは月の女神ディアナによるとされる。このディアナが漢訳され禅那となり、那がとれて禅となった。

中国の逃亡修行者は期せずして、先祖返りを果たし、ゴータマ仏陀と同じ地点に到達した。つまり一般性があるので、欧米でも「マインドフルネス」の修行として広まっている。

さて、過激な仏教弾圧は豚(猪の家畜化)を食べるせいか、と書いたが、日本人は古来、米を食べ、スープに味噌汁をつけてきた。米には植物性蛋白質が含まれ、味噌の原料の大豆には女性ホルモンに似たイソフラボンが含まれているので、性格は穏和である。

中国人は日本人を倭(わ)人と呼んだ。

これには、軽い揶揄(やゆ)(おとなしくて猫背)という意味が含まれているので、聖徳太子は和(わ)という字に変えた。

日本は大いなる和の国=大和(やまと)の国である。

 

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