夢が目標に変わった瞬間

高校生になった頃には、通い慣れた模型店の影響もあって、ホラーやSF映画に夢中になり、離れたレンタルビデオ店に通い『13日の金曜日』(1980年)や『エルム街の悪夢』(1986年)などのホラー映画のVHSを全シリーズまとめて借りるようになっていました。

ジェイソン・ボーヒーズのホッケーマスクの下に隠された、骨がむき出しになっているゾンビのような顔や、焼けただれた顔をもつフレディ・クルーガーが創り出す悪夢の世界に登場する奇怪なクリーチャーたち。

そうした映画の中で使われている数々の「特殊効果」=「SFX」の世界に息を呑み、画面に映る特殊効果シーンを真剣に見つめながら、「どう作ってるんだろう」と、周りの人とは違う視点から強く興味を持つようになりました。

「これを作る側になりたい」――そんな思いが、自分の中から自然と湧き上がってきたのです。映画の世界はただ楽しむものではなく、誰かが考え、作り出し、観る人を驚かせるものだ。その事実を知ったとき、私は映画やアメリカ文化そのものに惹かれていきました。

祖母の存在や模型店で触れた体験が、私にもっと広い世界を見たいという思いを芽生えさせました。そして、それは単なる憧れにとどまらず、「どうすればその世界に近づけるか」を考えるきっかけとなり、小さな夢は次第に目標へと形を変えていきました。それがやがて、留学という行動へとつながっていったのです。

誰とも違う道へ、アメリカ留学への挑戦

2003年の高校2年生になったときには、次第にハリウッドへの憧れが強まっていました。「もっと映画の世界を知りたい」「自分も映画を作る側に立ってみたい」という思いが日に日に膨らみ、やがてアメリカで学ぶという具体的な夢へと形を変えていきました。

「広大は、映画をやりたいんだったら本場のアメリカへ行ってくればいいじゃないか」―祖母がよく言っていたこの言葉は、最初は冗談のように聞こえていましたが、いつの間にかその言葉が自分の目標になっていました。

当時の私は特殊効果の世界に強い興味を持っていましたが、情報が限られていたため、その詳細を知る方法はあまりありませんでした。

それでも、「ハリウッド映画の何かに関わりたい」という漠然とした目標だけは心に抱き、夢への道筋を模索し始めました。日本で学ぶ選択肢もありましたが、アメリカで学ぶという選択肢には、未知の可能性が無限に広がっているように感じたのです。

家族に留学の決意を伝えたとき、思っていた以上に温かく受け入れてくれたことは、大きな支えになりました。海外旅行が好きな祖母と、英語塾を開いていた父がいたおかげで、家族の中に「海外へ行くこと」への抵抗が少なかったのは幸いでした。特に祖母は、「あなたなら絶対にできる、アメリカン・ドリームを掴んできなさい」と力強く背中を押してくれました。

 

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