【前回の記事を読む】ハリウッドで活躍する特殊造形アーティストが語る「ものづくり」の土台――それは幼少期に祖父を真似た“ある体験”だった。

第二章 田舎育ちの映画少年

模型店と映画がくれた非日常の世界

生まれたときからあった近所の模型店は私にとって特別な存在でした。実家の隣にある洋服屋さんと床屋さんを過ぎたところにあり、歩いて10秒もかからずに行けるこの模型店は、プラモデルや戦車の模型を売っているだけでなく、アメリカから輸入した映画関連の商品を扱うとても珍しい店だったのです。

小学校帰りにその模型店のショーウィンドウをのぞくのが日課になっていました。そこには、映画『グレムリン』(1984年)に登場する、鱗に覆われてギザギザの歯を持つ、凶暴なクリーチャーの等身大モデルが飾られていたり、当時は見慣れないホラーやSF映画のグッズが店内にぎっしりと並べられていました。

普通の子どもなら怖くて足を踏み入れないような場所に、私は物心つく前から通っていました。「見に来ましたー」と、小学校帰りの私はよく挨拶しながら店に入り、まるで異世界の宝探しのように店内をうろうろしていたのです。

普通の小学生なら「ミニ四駆」や「ガンダム」に夢中になるはずですが、「エイリアン」や「プレデター」のような怖くてリアルなフィギュアを日常的に目にしていた自分は、少し風変わりだったのかもしれません。

私の祖母にも影響を受けました。ドラマの『西部警察』に出てくる石原裕次郎がかけていそうな色付きのメガネに、派手な茶色のパーマのかかった髪、よく喋ってはっきり物を言う人でした。海外旅行が好きで、和菓子屋の2階にある居間でアメリカ映画や海外ドラマをよく観ていました。

祖母の「推し」だった海外ドラマシリーズ『刑事コロンボ』を観ながら、画面に話しかけている祖母の隣に私はよく座っていました。たまに日本のドラマ『古畑任三郎』がテレビに映ると、「あれはコロンボの真似だ」と嫌そうな顔をしていたのを今でも覚えています。そんな祖母の隣で自然と映画やドラマに親しむようになった私は、やがて映画そのものに強く惹かれていきました。

日本から送られてきた祖母の手紙。温かくて力強い言葉は、今でも読み返すたびに勇気と安心感を与えてくれる