翔一の言葉を聞くと、新二は
「じゃぁ、早く行ったげな。下のロビーで危険なことは、まずあり得ないから心配ないけど、肝心なことはさぁ、二人が出逢った瞬間から、またねって言うときがやってくるまで、気を緩めないことだからね。まっ、頑張ってよ。じゃぁ、おつかれ」
そう言って新二は、手を上げた。
「センキュー」
翔一は、一言感謝の言葉を残し入ってきたときと同じく、音もたてずドアを開き、滑るように体を玄関からエレベーターフロアーに移動させた。エレベーターは、来たときのまま15階フロアーにあった。
タッチの差で移動されて、悔やむことのないように、すばやい動きでボタンを押す。ドアが、開ききらないうちに体を入れ、自動を待たずに閉じる。
今夜出逢った香子のことを、新二に話したということが、決意を固めたことのように感じられた。何度も乗っているエレベーターだけど今夜の彼は、こいつのスピードにさえストレスを感じていた。
『早く、1階に着かないかなぁ』
無意識のうちに、そう心の中で呟いている事に気付く。彼の視線は、通過するフロアーを表示する『デジタル数字』の赤い光を、瞬きもせずに見つめている。
やがて、いつものようにエレベーターは1階までたどり着く。こいつは、乗せている人間の気持ちなんか『全く関知してないよ』と言ってるように、ノロいアクションでドアを、開き自分の仕事を、サッサと片付けようとする。
「早く、外に出ろよ」
そう言ってるかのような態度で、照明をおとす。
『失礼なエレベーターだ』
いつもの翔一なら、こんなことを意識したことなんか、絶対にありえないはず。たとえわずかな時間だったとはいえ、1人ぼっちで待たせることになったやむを得ない事情を思い、軽い自己嫌悪を覚えながら、香子の姿をさがした。