第一章 ある教授の死

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沙也香の耳の奥で遠いベルの音が鳴り響いている。

ふと我に返ってまわりを見まわした。いつのまにか、うとうとと寝てしまったらしい。ぼやけていた頭脳に現実の映像が差し込んでくる。正気に戻った聴覚に、電話の呼び出し音が鳴り続けているのが聞こえてきた。彼女はあわててソファーから跳ね起きると、受話器を取った。

「はい、大鳥です」

「あ、大鳥沙也香さんですか」年配者らしい女性の声がした。聞き覚えのない声だ。

「はい、そうですが……」
「わたくし、高槻恵美子(たかつきえみこ)と申します。あの、高槻の妻でございますが」

高槻の妻? どこかで聞いたような名前だ……と、まだぼやけている頭で考えていたが、突然思い出して大きな声を上げた。

「あっ、高槻教授の奥さまでしょうか」
「はい、さようでございます」

「あの、このたびは大変なことで……なんと申し上げていいか……」いつも冷静な沙也香にしては珍しくあわてた口調でいった。「奥さまも驚かれたと思います。どうお悔やみ申し上げていいかわかりませんが……」

「ええ、突然のことでびっくりいたしましたが、あなたのほうにも大変なご迷惑をおかけしましたようで、申し訳ありません」

「いいえ、迷惑だなんて、とんでもありません」
「主人は、あなたに会うことになったといって、喜んで電話してきたんですが」

「え? わたしに会うといっておられたのですか。それはいつのことでしょうか」
「昨日のことです。こちらの大学の研究室からかけてきたようです」

「そうだったんですか。わたしも先生に会えるのを楽しみにしていたんですが」
「主人はあなたに頼みたいことがあるといっておりました。それはお聞きになりましたか」

「ええ、なにか頼みごとがおありになるということはうかがいましたが、どんな内容なのかは聞いていません。くわしいことはこちらに来てから話されるということになっていたんです」

「やっぱり。そうじゃないかとは思っていました」

「あの……警察の方からうかがったんですが、奥さまもわたしになにか頼みたいことがおありになるとか。それはどういったことでしょうか」

「ええ、わたしがお願いしたいことは主人と同じです。主人が頼めなかったことを、代わりにわたしが改めて頼みたいと思っています」

「えっ、奥さまはご主人がどんなことを頼もうとされていたのかご存じなのですか」

「いいえ、具体的なことはわかりません。ですが、どういう趣旨のお願いをしようとしていたのかはわかっているつもりです」

「どういった内容なのでしょう」