駅前の交番で、私は、「女一人でも安心して泊まることができる安い宿はありませんか」と聞いていました。巡査さんに怪訝な顔をして事情を聞かれて、「苦労するねぇー」と言われました。
暴力を訴えたのではありませんから、そう言って、近くのビジネスホテルなら心配ないと教えてくれました。生まれて初めて一人でホテルに一泊したのです。
保健所で見た自助グループ表を思い出し、翌日、出かけたミーティング会場で、私が住む区の行政の衛生業務関係部署のトップ衛生部長で、酒害に悩む人たちの支援に力を注いでいるT医師と出会ったのです。T医師は、「行政の力では何もできないんだよねぇ、残念です。でも自助グループの中で共に行動し、フットワーク(行動)の中で、回復していけるんですよ」と励ましてくれました。
このT医師との出会いもまた、私に大きな転機を与えてくれたのでした。その後も相談に足を運んでいました。
その頃、彼は連続飲酒の後、また入院したのでした。お陰様といったらいいのでしょうか、あちこちの保健所や自助グループのミーティングに通うことができました。保健所の勉強会で知ったあるN臨床心理士(注※)の適切な指導によって、自分というものを取り戻そうとしていました。
(注※ 児童虐待や家庭内暴力・DVに詳しい方で、問題になっている児童虐待、家庭内暴力とDVの問題を中心に活躍されている方です)
混乱の渦中にいるクライアント(医療の客・患者)が、たとえ、傾聴カウンセリングやミーティングで「気づき」の入り口に立てたとしても、それらの気づきを「どうしたらよいのか?」わからないのです。羅針盤を持たず舵を切れないのが実態だと思います。
時には、このN臨床心理士のような「指示的カウンセリング」も必要かもしれません。私は、そのようなよい治療者に出会えたのでした。そして、どう舵を切って動き出すかは、結局、悩み苦しむクライアント本人の心が決めることになるのですが……。
後日、出立することができた私は、進むベき方向を示す羅針盤(大きな力)、その方向に舵を切る方向舵を持ち、歩き出し、動き出すことができたのでした。
そのN臨床心理士の相談室で、カウンセリングの予約をしていた日、「父さんが退院すると言ってきたよ」と、次男から電話がありました。躊躇しましたが、キャンセルはできない(したくない)と思い、予定どおりカウンセリングを受けて帰ったのです。
彼は「退院したのにいない」とやはり不機嫌でしたが、三~四日は飲みませんでした。彼は一切口をききません。ピリピリ張りつめた空気が、秋風と共に家の中を冷たくしていました。