【前回記事を読む】「婚約者には会わせない」。うなだれ、部屋に籠った彼女は人知れず涙を流し…翌朝、夜も明けないうちに——

Ⅰ 少女

第3章 マントヴァの秋祭り

ベアトリーチェの部屋を出ると、イザベラは大急ぎで馬車の所へ駈けつけた。

もうチェチーリアたちは馬車に乗って、イザベラが来るのを待っていた。

「お母様、行って参ります」

「気をつけてね」

イザベラは急いで馬車に乗り込んだ。

「皆さん、よろしくお願いします」

「はい、伯母様。行って参ります」

チェチーリアもイザベラも手を振った。

馬車は動き出した。

まだあたりは暗かった。馬車の窓から目を凝らして見ると、それでもたまに歩いている人の姿が見えた。

こんな朝早くどこへ行く人だろう、と空想力は無限にかき立てられ、何とも言えない新鮮な気分になって、イザベラは飽きずに暗い街並みに見入った。

じきに馬車はポー川の岸辺に着いた。イザベラたちは馬車から降りて川船に乗った。先ほどまでの夜の様な暗さは消え、いつの間にかあたりは群青の光を感じる様になっていた。

船はポー川を遡って行った。暗い川面のさざ波をイザベラは目を凝らして見つめていた。未明の川を渡る風は冷たかった。イザベラはマントのぬくもりに母への感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

「ねえ、マダレーナおねえ様は、もうすぐお嫁にいらっしゃるのでしょう」

チェチーリアの声に、イザベラは我に返った。

「そうなの。10月ですって」

マダレーナはフランチェスコの妹で、イザベラより2歳年上である。

イザベラとチェチーリアと侍女たちは、その後、とりとめもないお喋りを続けたが、イザベラは絶えず明け方の空に心を奪われていた。

あっという間にあたりは灰色と青を帯びた白っぽい光で満たされ、岸辺の木々も堤防もはっきりと見える様になってきた。

そして、見る見るうちに明るくなり、東の空を振り返ったイザベラは息を呑んだ。薄紅色の空に、明るい紫色の雲が光に縁どられて浮かんでいるのだ。

やがて空は曙の光でいっぱいになった。鏡の様な水面は薄紅色を帯びたミルク色になり、船の周りにはなめらかな波が出来てはゆったりと遠ざかっていった。

マントヴァに着いた時は、お昼過ぎであった。イザベラたちが岸に上がると、船のおじさんは言った。

「私は今日は夕方までこちらにいて、その後フェラーラに帰ります。明日は、毎年の様に午後2時にここへお迎えに参りますが、今日フェラーラにお帰りの方は夕方の5時までに船にお戻り下さい」

そう言うと、おじさんは派手な上着を着て、自分もどこかへ遊びに行ってしまった。

イザベラは行く当てが無いので、チェチーリアたちについて行くことにした。

イザベラはあまりマントヴァに馴染みが無かったが、チェチーリアは、エステ家とゴンザーガ家が古くからの親戚であるのをよいことにしょっちゅう遊びに来ているらしく、マントヴァの地理に詳しかった。