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思えば、これまでの人生で、師と仰ぐ先生であっても、親同様、先人たちの言葉は耳に入らなかった。私は私のやり方でやる、と粋がっていた。
若さは、世界を単純に見せる。本に書かれている知識を積み重ねれば、真理に近づけるはずだと信じていた。だが、見えないものは、依然として見えないままだった。
しかし、いつの頃からか、諦めることなく、思い続けていることによって、何かが、かすかに見えるようになってきた。それは錯覚かもしれない。たとえそうであっても、錯覚でもいいではないか。
知識だけではない。知識と知識を繋ぎ合わせれば、新しい知識となる。こうした思考方法は、経験から学んだことのほうが大きかったかもしれない。
絵画に描かれた主題を読み解く作業は、学校や家庭で学べるものではない。多くのものを見て、経験し、時には、家族の命の終わりを見つめる瞬間に立ち会ったとき、恩師の静かな旅立ちに寄り添ったとき、友人の不在を受け入れたとき、恋人の命の灯が消える瞬間に立ち会ったとき、言葉を失い、感性が揺らぎ、動転し、そのあとの空気感、虚無感が私の人格を根本から変えた。
その教え、別の言葉で言えば、悟りの扉に辿り着くまで、私は多くの失敗を重ねた。
無謀にも、イタリア留学を試みたが、失敗に終わった。修復師になろうとしたが、イタリアは受け入れてくれなかった。
準備不足、そして世界の広さを知らなかった若気の至り…。盲目としか言いようがなかった。計画は甘く、技術は乏しく、世界は私の想像よりも遥かに広かった。
冷静に振り返れば、宗教を理解していなかったこと、技術が未熟だったこと、生活資金が尽きることなど、ありとあらゆる原因があったのだろう。さまざまな阻害要因が、私の夢を閉ざした。それらが重なり、私は痛烈な敗北を味わった
そんな最中、父の死に立ち会った。続いて、母も他界した。
恋人も癌でこの世を去った。これで自分も死んだな、と思った。
胸の奥で何かが崩れ、世界が音を失った。悲しみは深く、苦しみは長かった。
時間が解決してくれると人は言うが、その言葉を信じることさえできなかった。
次回更新は5月25日(月)、14時の予定です。
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