数日後、小さな白いリュックを背に妙子は、小型のトラックへ乗り込んだ。しばしの別れの時がやってきた。沢田にはエンジンの鳴る音が冷たく聞こえた。たとえ短い期間であったとしても、なんだか不安に思えた。妙子の瞳には、うっすらと流れるものがあった。沢田は不安な気持ちを押し殺すように妙子に声をかけた。

「早く帰ってきてね」

「うん」

妙子は軽く手を振った。なぜなら、もう会うことができないように思えたからだ。トラックの中から遠ざかる沢田を目で追いかけていたら、紫色の蝶が出会いのきっかけの時のように舞い込んできて、いつまでも蝶を眺めては、最初に言葉を交わした時のことを思い出していた。

しばらく、蝶は妙子の目の前を行ったり来たりすると、半開きの窓ガラスから出て行った。それがなんとなく彼女にとって、沢田との出来事を白黒の映像のように映し出したようであった。

妙子はトラックの中から映る景色に、過去の出来事が映し出された。過去と言っても、つい最近のことだったが、遥か遠く感じた。沢田の明るい笑顔と、豊子の悲しい表情が浮かんでは消えて、空にぽっかりと浮かぶ雲が、うっすらと消えていくように思えた。

果たして、このままで上手く生活できるのだろうか? 引っ越し先の学校の友達と、上手くいくのだろうかと不安な気持ちになった。僅か三カ月とはいえ、沢田に会えないことが、なんだかいつまでも続くようで悲しかった。

父の出稼ぎ先の東京の芝に着くと、そこは生まれ育っていた地と異なり、賑わいにあふれ、妙子が初めて見るものばかりであった。

車がすれ違うたびに、妙子の目には東京の空気が音を立てて押し寄せてくるように感じられ、背丈の高いビルなどの建物にも驚かされた。果たしてここでしばらくの間とはいえ、上手く生活していけるのかと思うと不安になった。そして、何より妙子にとっては道行く人々の表情が、あまりに冷たく淡々と感じられた。

妙子ら家族は父親が働く会社の近くに住み、そのアパートは決して広くはなく四畳半であって、窓からは道路と道路の狭い間に小川が流れているのを見ては、沢田と行った美しかった川とは色合いが異なり、少しばかり濁っているようにも感じられた。

アパートからはいくつもの大きな建物が立ち並び、煙突が見え、煙で空は灰色の湯気のように映し出され、沢田と過ごした青空の隙間から見えるひかりとは異なって見えた。

 

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