【前回記事を読む】「駄目よ。彼と一緒に帰るのは私よ」ガラス細工のように繊細な友情が、切ない女心によって壊れていく…

花の訪れ

一方、泣きながら帰った妙子は、沢田が豊子と一緒に帰るのを想像するだけで、心の中に何か鋭いものが突き刺さるような思いになった。

沢田はその夜は妙子のことを考えると寝付けなかった。時計の針はちょうど一時を指していた。朝になり、いつも彼女とは一緒に通っていたので、気になり玄関先で待っていたが一向に妙子は来なかった。

玄関のドアを強く叩くと、妙子の母親が出てきて、学校に既に行ったことを沢田に告げた。仕方なく学校へ向かい、いつもの坂道を登ると、門のところで彼女が待っていた。そして、うつむきながら、彼の心に深く暗い影を落とすような声で話しかけてきた。

「沢田さん、もう豊子のことが好きになったの?」

「そんなことはないよ。妙子さんのことが好きだよ」

「本当? じゃあ、どうして昨日、私を置いて帰ったの?」

「妙子さんの方が走って帰ったじゃないか」

「もう、沢田さんのことは嫌いよ」

彼女はそう言いながら、片手のひらを口に置いて小走りで教室へ向かった。しかし、沢田は追いかけることなく、何も言わず門に立ったままだった。妙子が教室へ向かう姿を、ただ目で追いかけることしかできなかったのである。

彼も豊子の気持ちを考えると何とも言いようがなく、豊子に冷たくすればよかったのだが、それができなかった。その日は教室内での席替えがあった。月に一度だけ席替えがあり、それまで隣同士だった二人は、妙子が前側の席になり、沢田の席はその斜め後ろになった。距離にしては三メートル位後方である。

妙子は沢田に対して、よそよそしくしていた。それは彼が嫌いになった訳ではなく、寂しさから来る可愛らしさのようでもあった。なぜなら、豊子と沢田が今度は隣同士の席になったからだ。

妙子は沢田のことが気になり、時折、授業中はさりげなく後ろを振り向いていた。二人が仲良くしているのではないかと気になって仕方がなかったからだ。沢田は彼なりに妙子のことが気になっていた。前方に見える三つ編みの彼女の姿を、何よりいじらしく感じた。

沢田は妙子に小さな消しゴムを投げてみた。反応が知りたくて、今の状況をなんとかしようと思った。消しゴムは妙子の三つ編み頭にちょうど当たり、彼女はそのことに気づいた。彼がちょっかいを出してきたことがわかり、ちらりと後ろを振り向いたのだった。

沢田は何もなかったように黒板を見ていた。本当に見ていたのは妙子であって、彼女が心を揺り動かしているのではないかと気にしながら、黒板を見ているふりをしていたのだ。