彼女は授業が終わると彼に言い寄った。
「沢田さん、私に消しゴムを投げたでしょ。少しだけ痛かったのよ」
「いや、投げていないよ」
動揺する沢田に妙子は気づいて、一瞬だけ頬を毬(まり)のように膨らませて元に戻して、クスクス笑い出した。そして告げた。
「いいわよ。昨日のことは消しゴムで消してあげるから」
沢田は恥ずかしそうに呟いた。
「ありがとう。ごめんね」
「きれいさっぱり消したから、昨日のことは忘れてあげる。じゃあ今日も一緒に帰ろう」
「そうだね」
沢田は嬉しかった。二人は手を繋いでその日は帰っていった。すると、沢田は豊子の視線を感じた。遠くから、こちらを見ていたのがわかった。彼女が何を考えているのか沢田にはわからなかった。
翌日、豊子は弁当を二つ抱えて、沢田の前に立った。
「沢田さん、今日はね。お弁当を二つ作ってきたの、お昼になったら、一緒に食べよう」
一瞬、隣にいた妙子の表情が浮かんで、沢田は困惑した。どう答えたらいいのかわからなかったからだ。妙子はこれまで一度も自分に弁当を作ってきたことはなかったので、妙子の視線が突き刺さるように感じた。彼女の表情は怒りとも焦りともつかないものだった。
豊子の気持ちを考えると断ることができなかった。断るべきだったけど、豊子の期待に満ちた目を前にすると、「いや」とは言えなかった。
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