【前回記事を読む】極寒の地、網走刑務所から出所した。途絶えてしまったあの人からの手紙をたくさんバッグに詰めて、男が向かった先は…

序章

近くにはわずかの住民がいたので尋ねると、妙子は近所づきあいがほとんどなく、どうやら約一キロ先の病院に入院したらしい。会えなかったのは残念であったが、すぐさま行くことにした。

赤い屋根に白い枠の小窓がいくつもある、古びた二階建ての木造の大きな建物が見えた。ここに妙子が入院していると思うと、古い写真に当時の面影が映し出されるように感じた。あの頃の彼女は、今どのような姿になっているのであろうか? そう思うと、色のついた写真として、自分の目にどう映るのか気になって仕方がなかった。

病院へ到着すると、鉄張りの立派な門から、中央に赤いレンガが敷き詰められ、玄関までつながり、両脇には新樹がまるで子供達が整列をするように並んでいた。

木製の大きな玄関を開けると、記憶を引きずるように軋んだ音が聞こえた。中には受付室があり、ガラス越しの中央に丸い穴があった。挨拶をすると、白いシャツをだらしなく着た不愛想な職員が、会釈もせずに彼の元へ寄ってきて、そっけない態度を取り沢田に伝えた。

「面会? 面会だったら、そこの受付簿に記帳して。印鑑はいらないよ。名前と住所だけでいいから」

受付簿に記帳すると、一人の若い看護師が案内してくれた。廊下はところどころ小さな穴が開いていた。広い病室の中へと入ると、四名の患者のベッドがあった。妙子は右側の一番手前のベッドで、沢田の反対方向を向いており、面影のある小さな体が彼の目に焼きついた。

「妙子さん、お見舞いよ」

看護師はそう言いながら、面倒くさそうに、妙子の体を沢田の方へと向けた。ベッドの軋む音が聞こえ、沢田が見た妙子の表情は苦しみに歪んでいた。彼女は彼に気づくと何が起こったのかわからず、まるで夢から覚めたような不思議な表情になった。

沢田を見つめると、彼に気づくまでに、僅かながら時間を要したようであった。

看護師は妙子が昨年から脳梗塞で半身麻痺になり、言葉を発することができないと告げた。

沢田はそんなことを妙子の前で話すべきではないと不快に思いながらも、言葉にならなかったのである。沢田は悲しそうな表情をしている妙子の視線を感じると、目のやり場がなくなり、周囲を見渡した。壁にはラベンダーの押し花が飾ってあった。

それを見ると、沢田の心にある時計の針は逆回りし始めて、高等学校の頃まで動き始めた。時計の針はゆっくりと、若かりし頃を映し出した。