花の訪れ

春は咲き乱れ初々しく、沢田と妙子にとっても例外ではなかった。二人が通うことになった高校は、その地域でも名門校として知られており、受験の厳しさを象徴しているように校門まで長い坂が続き、坂道の途中では淡い色の桜がゆらゆらと音をたてていた。

沢田は肩で息をしながら歩いている妙子の真横に並んで、坂道を上がって行った。三つ編みの髪に桜の花が降りかかり、薄紅色の髪飾りのようであった。彼女に気づかれないように、ちらり、ちらりと横目で見ながら、学校の玄関までたどり着いた時には、妙子の姿が沢田の心に焼き付いていた。

沢田の家は貧しく、幼い頃から何かある度に父から暴力を振るわれ、泣き叫ぶ母を見て育った。母は抵抗することなくじっと我慢していた。

沢田は母が暴力をふるわれているのを見ては、怖くて父親が憎くてたまらなかった。父はその後、若い女を作って逃げ、行方不明になっていた。母と二人きりの生活で生活保護を受給しながら育った。

母は沢田を可愛がってくれ、シルクのような柔らかさで沢田の心を包み、大切に育ててくれた。そんな中で初めてみる妙子の姿は、沢田の母親を思わせるようであり、母親の眼差しのようであった。彼が生まれた時の残像のような白い肌が、どことなくそう思わせたのであろう。

母親の姿に憧れるのは、ごく自然なことであり、沢田にもそれが当てはまったのである。育った町は大きな町であったので、高等学校に通う生徒も多く、賑わいを見せていた。 

妙子を一目見てからは、同じ学級であればいいと思ったが、そうはいかないもので、彼女が教室の廊下を通る度に遠くから眺めては、満月のような瞳が、彼の胸に憧れの気持ちを映し出していた。そして、三年生になると初めて、同じ教室の中で学べる機会を得たのである。

沢田の心は燕の巣から、ひな鳥が飛び始めたようであり、初めて座った席は妙子の隣で、心の中に一つの雫が落ちていった。その雫は隠せば隠すほど、広がりを見せていった。

妙子は生まれつき体が弱く、それは虹が空に映し出されては消えゆくように、繊細さを持ち合わせていた。幼少の頃から病にかかることが多く、それが悩みでもあった。

沢田は大きな樹木のように、幹もしっかりして成長した様子を見ると、妙子は以前から自らが消えゆく蝋燭のように思っており、樹木に咲く花になりたいと感じていた。

  

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