「リサールが殺された後に、志を継いだリカルテという志士が革命軍の将軍となり、フィリピン独立を目指すことになりました。同じ頃スペイン領だったキューバでも独立運動が起こります。

アメリカはキューバに投資をしていたので、それを守るためにメイン号という戦艦を派遣します。ところが、これが撃沈されたとして、アメリカはスペインと戦争を始めました。

世に言われる〝リメンバー・メイン〟です。今ではこれも自作自演だったのではと言われています。〝リメンバー・パールハーバー〟はご存じでしょう。〝リメンバー○○○○○〟というのは、戦争で儲けたい人たちの合言葉のようです。

そしてアメリカ艦隊はフィリピンのマニラ湾にもやってきて、〝アメリカはフィリピン独立軍を支援する〟と宣言したのです。フィリピンの独立指導者たちはそのアメリカの言葉を信用してしまいました。

アメリカがスペインを追い出すのに協力してくれると思い、独立軍は喜びフィリピン共和国を発足させました。ところが、スペインを追い出したら、アメリカはフィリピンの独立を認めてくれませんでした。

アギナルドという大統領はアメリカが独立を認めてくれると望みを抱いていました。しかし、アメリカの野望を見抜いていた、そしてアメリカを信用してはいけないことを心得ていたリカルテは、アジア同胞の日本に助けを求めて独立を目指すべきだと忠告し続けました。

わたしの祖父の兄は、そのリカルテ将軍の側近の将校だったのです。結局アメリカはフィリピン独立を認める気などさらさらなく、スペインに代わって自分たちが支配すると最初から決めていました。わたしの祖父の兄は密かに日本に渡り、アメリカから独立するための武器弾薬の援助を求めて奔走しました。

日本には、宮崎滔天という大陸浪人や頭山満という人が率いる玄洋社、内田良平という人の黒龍会といったアジアの独立を応援する人々がたくさんいました。彼らは祖父の兄を同じ人間として対等に向き合ってくれたのです。

フィリピンを救えと団結して、カモフラージュするために石炭を積んだ船に300トンの武器弾薬を載せた布引丸という輸送船を用意してくれました。」

  

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