【前回記事を読む】流れ出した血が止まらない。患者の身体からダラダラと……その時、看護師が「医者でも思いつかない方法」を提案。試した結果…
第2章 置き忘れた思いを探して(下川和子から)
伊吹は手短に真鍋紗季医師を紹介した。
「私はこの分野は何もわからないのですが、伊吹先生と一緒に診させてもらいます。よろしくお願いします」
明るい声で言う真鍋紗季の言葉は、自信に満ちているようにも思えたが、伊吹には遠慮がちな響きに感じられた。
しかし、下川和子は違ったようだ。
「先生にはご迷惑にならないように、私が看護婦さんに手伝ってもらい処置します」
その一言のあと、無言が続いた。
後で訪問看護師の下沢悦子から聞いたところ、この時点から「何も知らないなら来なくていい」と真鍋紗季医師を拒絶し始めたらしい。
下沢悦子は訪問看護師としての能力も高いが、いつも患者宅の小さなすれ違いにも気づき、しかも患者宅からの発信を受け止められるアンテナと窓口を持っている。
伊吹は、これほどありがたい訪問看護師はいないと何度も感謝していた。
その下沢悦子からの報告だから、注意しなければと思った。
しかし真鍋紗季には、まだ何もフィードバックはしなかった。
帰り際の玄関で、本院から離れ、北川姓を継いでいる北川鈴子と会話した。鈴子は細身であるが、芯の強そうな顔で言った。
「いつも母親は言うのです。自分は娘の世話を受けたくない、と。それなら来なければいいのにと言いたい。私も思春期の大事な時期に飛び出した母親なんかみたくないけれど……ですから本当に大変な時期になったら、施設か病院に入院させたいのでよろしくお願いしますね」
「わかりました。本人のお考えと娘さんのお考えはよくわかりました。うまく調整できるようにします。
ただ、人はいつかは死ぬものです。その営みが苦しみと苦痛で満ちることなく、満足感を持って逝くことができるように寄り添うことが、私たちの考えです。
どこでどのように住まい、逝かれても構いません。居宅でいることが、自分の生き方として最もいいとも限りません。自分に満足感を持って逝けるならこんな幸せはないと思います。
今はどこでという話は置いておきましょう。如何様(いかよう)にもなりますから。
まだまだお元気ですよ。何かその他お考えや困りごとはありますか?」と伊吹は聞いた。
真鍋医師は、伊吹の顔を横で見ながら、納得したような表情で無言で聞いていた。