三十分も歩いて提灯の明かりが灯り始めた頃、桂はある家の前で立ち止まり来意を伝えた。

「おいでやす。お待ち申しておりました」門番の女が甘い言葉で迎える。

桂は玄関の暖簾を上げてすぐには入らずにいっとき待ち、玄関先に誰かが出てきた気配を確かめてから中に入っていった。

玄関先にはキッチリ着込んだ芸伎が一人いて、三つ指ついて頭を下げ桂と晋作を迎えた。

桂は鷹揚に動作で返して草履を脱ぎ、芸伎に案内されるまま付いていった。晋作は桂の真似をして付いていった。

部屋に入ると桂は床の間を背にする上座に晋作を座らせ、自分は下座に座った。

芸伎が晋作に再び三つ指で丁重にお辞儀し「幾松と申します。どうぞご贔屓に」と改めての挨拶をして、用意してあった酒席の始まりを告げた。

桂が口を開いた。「ここは藩邸内と違って誰にも話を聞かれる恐れがありません。ゆっくりと幾松さんの酌を受けながら、天下の大事についてご報告させていただきたいと思います」

桂は幼なじみの晋作に最大限の敬意を払いながら、ゆるゆると欧米列強と清国の戦争の話を語って聞かせた。

清国皇帝は阿片が清国南部の広東省沿岸地方を中心に急速に広まっているとの現地報告を受けて、阿片禁止大臣を新設して林則徐を任命し現地に派遣した。

林則徐は熱血漢で、現地で阿片を見付けると片っ端から没収して焼却処分し患者は治療施設に収容した。

しかしこうした急激な取り締まりは阿片患者やその周囲の清国人並びに英国阿片商人の根強い反感を引き起こし、やがて英国政府が英国商人保護の名目で介入する切っ掛けにされた。これに端を発して英国政府は世界一の海軍を派遣して清国に宣戦布告する。

一八四〇年から一八四二年にかけて行われた第一次阿片戦争である。

桂も晋作も生まれて間もない、今から二十一年前のことだ。

英国は帝都北京の港と言われる天津湾の英国軍艦から、当時世界最大で最強と呼ばれたアームストロング大砲で皇帝の住む紫禁城(しきんじょう)を砲撃した。英国海軍は艦載している最新式大砲一発で赤子の手を捻(ひね)るように清国に完勝した。

清国皇帝は生まれた時から紫禁城の世界しか知らない。皇帝の命令が国民に与える影響について全く不感症で、側近は全員自分の損得だけしか考えていなかった。これもまた清国に最悪の結果をもたらした、と桂は言う。

完敗した清国は巨額賠償金と阿片商人を含む英国人の治外法権、香港島の割譲を認めさせられた。つまり阿片商人を含めて英国人には英国の思い通りに清国の国内で振る舞えるように認め、その拠点として香港島を一〇〇年間取り上げられた。

 

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