【前回の記事を読む】フィリピンでやることがなかったので、シャワーを浴びたが…栓をめいっぱい回して出てきたのは…
2 フィリピン娘ウェンディ
もともと少数民族の過酷な生活実態に対する憐憫(れんびん)や共感といった崇高な目的意識を持って参加したわけではない彼には、やや後ろめたさを感じながらも、政治的な背景を含む民族問題や、よく実態の分からないところのあるNGO自体の問題にはあまり関心が持てなかった。
むしろこうして親しく話を交わしていくうち、彼女の祖父から聞いた話としてウェンディが時折語ってくれる、この土地の昔話や伝承の類いに、木田は次第に強く心を引かれていった。
グループのみんなが出かけた後に残された彼は、ウェンディと連れ立って、ハウスの前の山道を更に山頂に向かって散歩がてら上ってみた。道の両側には深い森が広がっていた。
「ほら、あれはバナナの樹ですよ」とウェンディが森の中の樹を指差して教えてくれた。
「ココナッツは分かりますよね。あれはパパイヤ。未だ実が小さいですが、ちゃんとなってるのが見えるでしょ?」
「へえ、これならフルーツを店で買う必要はないね」
「そう、みんな山で採れますよ。あれ、分かりますか?」
彼女の指し示す先には、枯れたように殺風景な木の枝の先に、松ぼっくりのような茶色の実が幾つもぶら下がっていた。
「あれは綿の木です」
「え、綿? 綿が木になるの?」
綿といえば、畑の綿花しか想像できなかった木田が驚くと、彼女は「ええ、そうです」と答えてにっこりと微笑んだ。
「ちょっと待って下さい」と歩みを止めるなり彼女は足許で何やら探していたが、小さな崩れかかった殻を見つけると「ほら、これがあの実ですよ」と拾い上げて木田に示した。
見ると小さな殻の中に、確かに白い綿のような繊維がこびりついていた。そのつもりでよく見ると、小さな殻はそこここに落ちていて、殻から綿の塊がはみ出しているものも見られた。
「私たちはこの綿を使って枕やクッションを作ったものです」
「今でも、作るの?」
真顔で尋ねる木田の真剣さが可笑しかったとみえて、ウェンディは声を立てて笑った。
「私の子供の頃の話ですよ。今はもう誰も作らないでしょう」
そう答えたときの彼女は可愛らしく、未だあどけない二十歳(はたち)の娘の笑顔だった。