男は枕元に無造作に放り投げていた上着を羽織る。そしてややふらつきながら歩き出し、ドアノブに手を掛けた。私は咄嗟に

「黒崎さんが呼んでますよ! 物凄い剣幕でした」

男は振り返り

「目覚めのコーヒー飲んでからにするよ」

私は男を睨みつけると、男は溜め息をつき

「てなわけにはいかないよな……」

私は

「私もご一緒します。一人では心細いでしょうから」

とまるで保護者気取りで言った。

男は返事の代わりに私を一瞥するとドアを開け出て行った。私も後を追った。

# 3 #

室内は昼の休憩が終わり、皆が午後の仕事に取りかかろうと動き始めていた。

その中で〔怖い〕オーラを漂わせる一人の男がいた。男は椅子に座り、目をつぶり腕を組んでいた。

俺は分かり易いオーラを放つその男の側まで行き、声を掛けようとすると、その男は先手を取り

「もう何度目になるのかな? お前にこうして説教をするのは?」

黒崎刑事はゆっくりと目を開けると俺に問いかけてきた。

「覚えてる訳がないでしょう? 黒崎さん。あなただって今まで食べた魚の数を覚えていますか?」

俺のその一言に周囲が凍りつく。黒崎刑事の目に怒りが宿る。だが、黒崎刑事は自らを落ち着かせるためか、大きく息を吐き出した。そして、改めて俺を向くと話し始めた。

「いいか? 小林。いくら犯罪者を挙げるためとはいえ『誘導尋問』をしていいという法律はない。そして、狡猾なお前の取り調べ方法も看過できない!」

息を吐き多少落ち着いたはずだが、黒崎刑事の言葉は明らかに怒気をはらんでいた。俺は

『変わらないなこの人も……そして俺も……』

俺は黒崎刑事の目を見ながらそう思った。

黒崎刑事の仕事ぶりは皆が模範としていた。疑問が浮かべば何度も現場に足を運び、極力相手を怒らせないように、時として言葉を選びながら納得がいくまで関係者から話を聞く。犯罪者を取り調べる時もその目を見つめ、まるでその心の中まで見通そうとしていた。

俺は駆け出しだった時、聴取記録を録りながらその姿を見ていた。あの頃から俺は、この黒崎刑事こそ〔本物の刑事〕だと確信していた。やがて、黒崎刑事の元を離れ自分一人で大勢の犯罪者と相対するうちに……事件の被害者やその遺族と会話を重ねていくうちに……俺の中に変化が生まれた。