【前回の記事を読む】ホテル内に協力者でもいない限り、犯行は不可能…なぜ、私が狙われたのか? 調べてみると、とある部屋の宿泊者情報と……
(二)
大利家戸清一は、十三歳の時生活が一変した経験を持つ。商社勤務の父角違正造(すみちがいしょうぞう)と製薬会社研究室勤務の母はるが乗った飛行機が、房総半島沖で爆破されたからだった。
このとき、叔母なつ子と一緒に迎えに行った妹のふみが飛行場の大混乱に巻き込まれて、ふみは行方知れずになってしまった。
幾多の試練を乗り越えて刑事になった清一は、大利家戸明子と結婚し、清明と有の二人の子供に恵まれ幸せだったが、妻の明子が早逝してしまった。
悲運の清一に手を差し伸べたのは、明子の家族だった。清一は運命に導かれるように明子の実姉と結婚し、左遷をも受け入れた。それから、特命捜査の仕事もするようになった。
やがて、清一には、嬉しい知らせが届いた。父と母の生存、そして、記憶喪失のふみが香港の大富豪と呼ばれている美鳴(びめい)の保護の下で元気に暮らしているというものだった。清一は、めげることなく前を向いて歩き続けなければと強く思った。
「大利家戸さん、これお願いします」総務係の小村昭子(こむらあきこ)が笑顔で言った。
「じゃ、行ってきます」
と、清一が納得顔で応じた。最初のころは、印刷物の集配という任務に強い不満を持っていた清一だったが、ほどなく割り切ることにした。
年齢、実績などからベテラン刑事だという自覚があったが、二か月経った今では、文書配達係同然の新米刑事だと認識したからだった。
印刷物の多くは合浦警察署で作成されたものだが、中央警察署や外部から持ち込まれるものもあった。清一の集配の担当地域は、合浦警察署から野辺地(のへじ)本警察署までで、七か所が対象になっていた。
この日、緊急書類の配達がなかった清一は、平内町(ひらないまち)、野辺地町を回った後で、浅虫(あさむし)温泉交番に顔を出した。
ここの担当者は、五所川原(ごしょがわら)北警察署の楠美(くすみ)課長と顔馴染みだったので、なんとなく親近感が持てた。
浅虫は、青森市の一番東にある温泉街である。古くから湯治客に人気の温泉街だが、昨今は周辺施設の不備や交通網の再編が影響して、時代の波に乗り切れていなかった。
清一は浅虫温泉交番を出ると、すぐ近くにある海釣り公園に行ってみた。十六時過ぎだったので釣り人の姿はなく観光客の姿が散見されるだけだったが、夕日にまどろむ島が心を和ませてくれた。
いつもなら、陸奥湾(むつわん)の向こうには下北半島、その左手には津軽半島が見えるはずだが、いずれも朧(おぼろ)で光のコントラストが楽しい。