お婆さんはわたしの方に向き直って、「しょうがないわねえ」という表情をして、話を続けた。

「リズはエジンバラに住んでいるの。クルマで二時間くらいのところ。上の姉と息子はロンドンにいるの。エジンバラより遠いわね」

「リズはちょっと変わった趣味の持ち主で、子どもの頃から、ヴィクトリア時代の壊れた食器とかガラクタを集めるのが好きだった。今はエジンバラの骨董品を扱うお店で働いているの。その道のプロとして骨董品を扱えるようになったら独立するつもりのよう。わりと近くに実の子がいるって、年寄りになると心強いのよね」

「リズが高校を卒業してエジンバラに向かう日、わたしは耳元で囁いたわ。『どうしても我慢できないことがあったら、いつでも帰ってきていいんだからね』と。

リズは小さな声で『うん』と頷いたの」そう言うとマーガレットお婆さんは少し涙ぐんでしまった。

彼女はその後の夫の様子を語り続けた。仕事でうまくいかないことがあったらしい。そのことがきっかけとなって、夫はさらに酒量が増え、家の中で暴れるようになり、ついにはお婆さんに暴力を振るうようになったという。

働かなくなった夫の代わりに、お婆さんがパートに出て昼も夜も働いたそうだ。教会へは足が遠のき、とうとう行かなくなった。

「昼間は工場の軽作業……プラスチックの部品を有機溶剤でくっつけるの。夜はレストランで皿洗いしてたのよ」

夕焼けの太陽光線に照らされホテルの中庭の色調は刻一刻変わっていった。初めは明るい黄色や橙、次に全体として黄色を帯びた橙、そして赤や朱色などの色に、壁面が次々と染め上げられていく。最後赤みが一瞬増したかと思うと夕陽はみるみるうちに沈んでしまった。空は星が瞬く夜になった。

 

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