しかし、それは当然と言えば当然だ。十分に生活能力を持った二十六歳の男が実家を出たからといって、いったい誰が心配するだろう。妹のあたしくらいだ。
あたしがなんとかおにいちゃんの居所を突き止めてどんな暮らしをしているのか知っておきたいと思うのは、おかあさんに会いに行ったときにキツイ言い方をしてしまった、それをずっと後悔しているからだ。あれ以来、おにいちゃんとはろくに口をきいていない ――。
お義母さんには嘘の言い訳をしても、夫にはそうはいかない。慎さんは手掛かりが見つかったことを素直に喜んでくれて「しかし、劉生くんの元カノに会いに行くなんて、優子もモノ好きだなぁ」と肩を上下させて笑った。
そんなふうに言われてみると、たしかにヘンだ。美津子さんがなにか特別にわたしに伝えたいことがあるとはとても思えないし、辛い別れ方をしたのだったら、元恋人の身内になどに会いたくはないだろう。
「なんで誘ってくれたのかしら」と訊くと、慎さんはうーんと、答えは用意しているのに気を持たせて、
「それはなんだ、きっとそのお姫様は劉生くんにまだ惚れてるんだよ」自分がモテてるみたいに嬉しそうに言った。
「でも、だからってなんであたしと?」
「それはつまり、たとえ間接的にでもつながっていたいんだろう、劉生くんと」
「ふーん、そういうものなのかなぁ。あたしだったら、かえってみじめな気分になるけどな」
「しかし、もうひとりの彼女、現在形の方、最高学府を中退して風俗嬢っていうのは、またすごい変身だなぁ。昼のカタツムリから夜の蝶ってわけか」
慎さんのヘンな比喩を聞いてあたしはすこし白けた気分になった。ひとまわりも年が離れていると、なにかの拍子に、わ、おじさん!と思ってしまうことがある。だいたい、銀座のクラブのホステスさんって、風俗嬢とは違うんじゃないの?
結論から言うと、慎さんの美津子さんに対する推理は当たっていた。でもそれは、別れた恋人へのじめじめした執着などではなく、なんというか、ずーっと変わらずに続いている情熱、信念のようなものであって、あたしはちょっと空恐ろしくなったくらいだ。
次回更新は4月25日(土)、20時の予定です。
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