「今日はお昼ご飯のあと、花見会があるんです」

「ほう。ここで?」

「いえ、もっと桜の木のたくさんあるところが河川敷の方にあるの」

「河川敷? ……外の?」

「ええ。釈前房の人たちだけで行くんです」

「ああ……雪で散ってしまわなくてよかったな」

「ええ」

「先週、お義母さんが来たって?」

「連絡ありました? 〈山の家〉がけっこう繁盛しているそうです。桜餅の季節になると特に忙しいっていうから、今月は来なくていいよって言ったんですけど」

「お義母さんは相変わらず達者だなぁ。いくつになったんだっけ」

「七十六ですよ。ここと駅との往復、歩きだって言ってました」

「へぇ、そりゃ元気だ」

「だって、畑までしばらく山を登るんだから。それが毎日だから。足腰はそりゃ丈夫になりますよ」

十年以上の歳月のあいだに、二人だけの小さな世界が出来上がっている。第三者が常に傍で聞いている、という特殊な状況の下で、再構築されてきた関係――。

昔は家でこんなふうに会話することなどなかった。親父の口から出てくる言葉はたいてい命令形で、お袋は陰気といえるほど寡黙だった。

なにより生活は苦しく、お袋は家事と子育てと親父の仕事の手伝いで手一杯。その上優子を保育園に入れることができず近所の幼稚園に通わせていたため、人種の違う山の手の専業主婦たちと付き合わねばならず、子供の目にもいつも歯を食いしばっていたような印象がある。

昔のことを思い出すと、今俺の目の前で交わされている会話が、浮世離れしたやり取りに聞こえてくる。女は俺と優子が四阿に入り、親父を挟んで腰かけてからこっち、一度も俺たち二人に視線を振らない。親父の膝あたりに目を落としたままだ。

親父と会話を交わしながらも、声音は硬く、会話の内容とは裏腹にひどく緊張しているのが見て取れた。

次回更新は4月20日(月)、20時の予定です。

 

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