私も、いくつかの録音や演奏会でここを聴いては、いろいろ考えてみたし、後で述べるように、音楽学者の意見も聞いてみたが、

以下に述べるように、私は、この部分の和声進行や、シラーの詩と絡んだこの場の位置づけ等から、ベートーヴェンが何を訴えたかったかという観点から考えて、

やはり、少なくとも、ティンパニーだけはディミヌエンドすべきであろうという思いに至っている。

第一に、ここは、音楽の進行上「一段落」をつける位置にあり、その和音進行が圧倒的な力による終止を要求していないように思えるのである。

「一段落」という意味は、ここは940小節に及ぶこの楽章のちょうど三分の一ぐらいの所、声楽が入ってからは、123小節というほんの序の口の位置にあり、ここであまり強烈な山を築いてしまうことを、ベートーヴェンは避けたかったのではないだろうか。

 

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