「バギッ、ベギッ、バギッ……」
不気味な音を自分のものではなく、何処か遠くの他人事のように聞きながら、恭平は二歩、三歩と前のめりに走り、その反動で頭を後方に旋回させて足を宙に浮かせ、背中からグラウンドに叩きつけられた。
ホイッスルが鳴り、仲間が駆け寄ってくる。襲撃した財津が、仰向けの恭平を覗き込む。
「本川さ~ん!」
スタンドの誰かが、叫喚する。辺りは慌ただしく動いているのに、何故か恭平には全てがスローモーションを見るように緩慢に感じられた。
白と紺のユニフォームが、古ぼけた写真のようにセピア色の膜がかかって見える。
その最中に聞いた絶叫の主は、佳緒里ではなかった。
(あの叫び声は、誰なんだろう? 何故「恭平!」ではなく「本川さ~ん!」なんだろう?
あっ、古田だ! 今日、初めて言葉を交わした古田の声だ。何故、古田なんだろう!? 佳緒里は何をしているんだろう!?)
ゼー、ゼーとグラウンド一面に木霊するような喘ぎを続けながら、恭平は佳緒里の声を待っていた。
殺虫剤を吹き付けられたゴキブリみたいに天に向かって手足をバタつかせ、喘ぎ苦しむ一方で、恭平は事ある毎に先輩から聞かされた、似たような話を思い返していた。
数年前の卒業生の香月さんは、試合中に肋骨を三本折りながら、胸をタオルで縛り試合を続け、試合後救急車で病院に運ばれ、そのまま一か月も入院したと言う。
試合には勝ち、もちろん香月さんはヒーローとして称えられ、その快挙は伝説として後輩たちに今も語り継がれている。
この話はえらく恭平を感動させ、何時か同じようなチャンスが訪れないかと心待ちしていた程だから、今の苦しみは千載一遇の好機と考え、
「肋骨よ折れていろ、折れていろ!」
そう念じつつ、ゴキブリの喘ぎを続けていた。
「本川、大丈夫か?」
香月さんの伝説を知らない赴任一年目の中野監督が駆けつけ、心配顔で訊ねる。
新たな伝説の主人公になりたい恭平としては、そう簡単に大丈夫とは答えられない訳で、
「胸が、肋骨が……」
まずは小声で囁くように答える。
「よしっ、担架だ!」
冗談じゃない! ここで姿を消してしまってはヒーローになれない。