【前回の記事を読む】夜11時勤務開始、交通整理をするだけの仕事。素性を隠すことは簡単だった——ヘルメットの下にはマスク、手には白い手袋まで…
其の壱
四
夜は更けていった。深夜になっても車の数は減らなかった。むしろ大型車が増えて危険度が増した。それらが通過すると地響きがして風圧で身体が煽られた。
骸骨はどうしてもそれに馴れることが出来なかった。その度にトンネル壁にへばりついて見送り、傍にいる仲間たちの失笑を買った。
ヘッドライトの行列を迎えては停める。すると反対側から低いエンジンの唸りが近づいて、やがて赤いテールライトの連なりが去っていく。そうして毎夜何百台、何千台の車を送っては迎えるのだろう。
流石に頭の芯が疲れてきた頃、空がほんのりと白み始める。そして少しずつ辺りが明るくなり、やがて車の灯火が目立たなくなる。すると反対車線のすぐ向こうに青々と海が見えてくるのだ。
それが骸骨の一番好きな時間だった。その頃わずかだが車の流れが途切れ、時々海と空の色合いを楽しむことが出来た。
だがやがて朝の通勤ラッシュが始まった。大型車が潮の退くように減り、代わりに乗用車が雲霞の如く群らがってくる。
そうなるとあと一息だった。目まぐるしく車を捌いていると不意に肩を叩かれる。
「お早ようさん、ご苦労様でした」
そう言って朝勤組が現われるのだ。
骸骨は煙草を吸う真似事なぞをしてちょっと現場を振り返る。そうして一日の仕事が終わった解放感を味わうと、市内へ戻る車に同乗した。
一方朝の渋谷整形外科病院は静かだった。二階の病棟では入院患者たちの朝を賄う物音がしていたが、一階ではまだ全ての窓口にカーテンが降ろされていた。
渋谷医師は七時にそそくさと朝食を採ると、早速診察室へ向かった。近頃では診察の始まるまでの小一時間、そこで新聞を開くのが習慣となっていた。そしてぱらりぱらりと記事を拾い読みしていると骸骨が戻ってくるのだった。
「オ早ヨウゴザイマス」
そうお決まりの挨拶をして入ってくる姿を見るとほっとした。
「やあご苦労様、夜の仕事は大変でしょう」
「イヤ、ソウデモアリマセン、僕ハ昔カラ宵っぱりでしたから」
気のせいか仕事を始めてから、ことば使いがやわらかくなってきた。
渋谷医師が新聞を読んでいると、骸骨は衝立ての陰で制服を脱ぐ。そして標本然としてその陰に身動きもせず立ち尽くすのである。
彼にはそうして眠っているように見えるのだが、本当はどうなのか判然としなかった。近頃では煙草を吸うようだが、食事をしているのを見た覚えがない。実はその辺も不思議に思っていたのだが、つい尋ねる機会もなかった。