「ソウ言エバ‥‥モウ一ツオ願イガアリマシタ」

その声に渋谷医師は目を上げた。

「大変厚カマシイノデスガ、アノ、不要ノ衣服ヲ一ツ‥‥ソノ、拝借願エマセンデショウカ、裸デハ恥ズカシイデスカラ」

「ああ」というような頓狂な声を上げると、渋谷医師は跳ね上がった。そうなのだ、どうして気がつかなかったのだろう。春とはいえまだ三月なのだ。裸では寒さも骨身に染みるはずではないか。

骸骨の体格は渋谷医師とほぼ同じだった。彼の衣服はまるで誂えたみたいにぴったりだった。ただ馬子にも衣装ということばもあるが、この際の骸骨には適用されないのだった。

第一首が細すぎた。首回り十センチなんてワイシャツはどこにも売っていないのだ。袖口から飛び出ているひょろ長い手は我慢するにしても、ズボンの裾が妙だった。何とか靴は履いているものの、歩き回るとカポカポと音がするのだ。

薄っぺらな胴回りなども気になった。それだけではない、口調や物腰がどことなく兵隊じみていたのだ。背広を身につけるとそれが際立った。だが骸骨は浮き浮きとしていた。初めての衣服が余程嬉しかったらしい。

「先生、ドウデスカ、似合イマスカ?」

骸骨は袖を拡げて渋谷医師の前に立った。

「ううん、そうだねえ、何というか」

そう言いながらも、満更ではなさそうだった。あとは詰め物をして形を整えれば何とかなるだろう。渋谷医師はほっとした。安心して目がとろんとしてきた。

「君、そう言えば名前を聞いていなかったね」

「小生ハ骸骨デス、名前ハマダアリマセン」

「ふむ、じゃあ名前も決めなくちゃいけないね。私はそろそろ失礼するよ、何だかひどく疲れた」

「ハア、ソウデスカ、本当ニ色々ト有難ウゴザイマシタ」

骸骨はぺこりと頭を下げた。渋谷医師はにこにこと手で制した。

「じゃあ、お休み」

「オ休ミナサイ」

渋谷医師は出ていった。残された骸骨は扉の向こうにまたぺこりと頭を下げた。そして窓に自分の姿を移してはいつまでも浮き浮きと動き回っているのだった。

次回更新は4月10日(金)、8時の予定です。

 

▶この話の続きを読む
長身でにやけた三流役者といった風貌の三十一歳の医師は看護師の質問をはぐらかし…

👉『標本室の男』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】初めての夜は独特だった。「男なのに、それで満足できるの?」と聞くと、彼は不思議そうに「男だけ気持ちよくなるのは違う…」