「あなたの世界は、すでにストレインジ・フィールドに侵されてしまった。このままでは、あなたの世界も、わたしたちの世界も崩壊してしまう。この石は『ヨグの鍵』。これだけが、それを止められる」
(ストレインジ・フィールド? あの赤と紫の光が切り立つ世界のことか?)
シッチンはためらいながらも、その石、『ヨグの鍵』を手に取った。途端に、脳内に加速する映像が流れ込んできた。宇宙が巻き戻り、星が再構成され、光が収束していく。そして、少女の声が響いた。
「……まだ、早いんだよ」
シッチンの身体が浮き、暗闇を進む。どこに向かっているのか、上か下かもわからない。やがて、光に包まれた石板が目の前に現れた。
ピラミッド内部に戻ってきたようだが、周囲には赤や紫の光線が地上から無秩序に天へと走っている。この禍々しい光に本能的に触れてはいけないという恐怖感が芽生える。だが、シッチンの周囲だけは、まるでシャボン玉のような膜に守られていた。
重力が乱れ、人が人でなくなる世界。血と闇のような赤紫の世界。もしこれが世界に、宇宙に広がってしまったら、全てが壊れてしまう。だとしたらこれを止めなければ───
決心をしたシッチンは『ヨグの鍵』を握りしめ、その尖った先端でその膜を内側から叩いた。
ひび割れた膜があっという間に外側へとはじけ飛ぶ。その瞬間、石板に無数のひびが走り、音を立てて崩れ落ちた。轟音。地鳴り。ピラミッドが崩壊を始めている。
「逃げなければ」と本能的に危険を察知したシッチンは走り出した。赤と紫の禍々しい世界の中を。右手には、依然として『ヨグの鍵』が握られている。
肉塊と化した曹長、ぺしゃんこになった中尉、天井に貼り付いたままの少尉……血の匂いと、死の恐怖。シッチンは震える足を叱咤しながらピラミッドの出口へと走った。やがて地上に出たシッチンは、さらに衝撃の光景を目にした。
そこは南極の雪原ではなかった。白銀の雪は消え、クレバスが無数に走り、地面が脈打つ。
吹き上がる紫の光の柱が竜巻のように空を穿つ。
そして調査団は全滅していた。つぶされた死体、身体をえぐられた者、内臓だけとなった残骸。地獄そのものだった。背後のピラミッドが崩壊していく中で彼は立ち尽くしてしまった。
強大な恐怖が足元から湧き上がってくる。絶望が彼の科学者としての理性を凌駕する。シッチンは叫んだ。声にならなかった。
それでも叫んだ。「ヨグの鍵」が輝きを増す。赤と紫の世界がシッチンを中心に元の景色を取り戻していく。そこにいたはずの人は皆、死を迎えたまま。
彼は走った。血に染まった雪原を、肉片と臓物の山を飛び越えて、ただひたすらに走った。背後から、ピラミッドの崩れる轟音が追いかけてくる。だが、もうどうでもよかった。
どれほど走っただろうか。やがて彼の足はもつれ、白い石「ヨグの鍵」を握りしめたまま、彼は深い雪の中に倒れこんだ。崩壊の音が静寂のベールに包まれていく。少女の最後の言葉が繰り返された。
「まだ……早いんだよ」
早い? 何が“まだ”なのだ。ストレインジ・フィールドとは。この「ヨグの鍵」とは一体。
やがて、彼の意識は深い闇へと沈んでいった──。
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