本書の第1章では、一般大学生の方と、心理学専攻の大学院生のインタビューを紹介し、一般の方に生じている心理職資格についての混乱、大学院生の方の将来への不安等、また「専門家」による心理職の説明に、誤りや紛らわしい表記があることを指摘します。
第2章から第6章にかけて、心理職の国家資格化をめぐる歴史を振り返ります。読者の皆さまには歴史部分を飛ばして、先にカウンセラー選びの章(第7章)へ進んでいただいても結構です。
ただ、歴史の部分については、心理職の国家資格化をめぐる情報を平たく記述していくつもりです。
ここで、これまで構想されてきた資格には傍線を示しましたので、説明を加えながら進めます。よろしければお付き合いください。
戦後まもなくから切望された心理職の資格構想は、指導教諭(カウンセラー)構想、旧臨床心理士の誕生直前の挫折を経て、1980年代から現行臨床心理士の学会・認定機関・職能団体が設立され、それが文部省・文科省との強い結びつきにより、スクールカウンセラーと指定大学院という言わば車の両輪により急拡大していく様子を示します。
ただこれとは別に、厚生省・厚労省主導の医療保健心理士構想における国家資格化を促す動きが、後に医療心理師法案へと繋がり、さらに臨床心理士との二職種一法案(臨床心理士及び医療心理師法案)という学界を二分する争いとなっていきます。
こうして「臨床心理士」の国家資格化まで後一歩かと思われた状況も、強力な反対が出て潰えることとなります。
その後、学術団体による「職能心理士」構想出現のショックを経て、二職種一法案は心理学会連合の仲介もあって、心理師構想から「公認心理師法」に収斂していきます。
ついに国家資格として成立した公認心理師制度ですが、その後も心理職はまとまることができず、職能団体が分立するという失態を晒しました。
現在に至るまで団体は一本化できず、それぞれが別の上位資格を認定するという体たらくを見せています。
こういった経緯をもとに、第7章では一般の方向けに「カウンセラー(心理支援者)選び」の基準をお示ししました。