「五万ポンドくらい?」

それなりに考えて、自信を持って答えたつもりだった。

「とんでもない! 桁がひとつ違うぜ」

初版本の値段は俊郎が想像する金額をはるかに超えていた。

これ一冊で車が一台買える!

「来週美術品オークションで古書のオークションがあるから行ってみるといい」

もう少し勉強したら、とでも言いたげな表情で情報をくれた。実は、ペターは希少本のコレクターなのだ。

俊郎は東京では神田の古本屋街によく足を運んだ。古書の値段はおおむね見当がついているつもりでいたが、ヨーロッパの教養の中で育ったドイツ人から見れば、俊郎はまだまだ青臭い東洋人なのだろう。しかし、このペターの助言が、のちに俊郎にとって大いに役立つことになるのである。

午前中レセプションの取材を終えた俊郎の足は、自然にカムデン地区に向いていた。大英図書館から北へ歩いて二十分ほどのところである。

この地域にはカムデンパッセージという名の通りがあって、通称「骨董街」で知られている。毎週水曜日と土曜日に市が立ち、掘り出し物を求めて大勢の人が訪れる。

ロンドンは街自体が骨董である。人々は古い物に囲まれて生活している。暮らしているうちに、ただ古いだけのものと古くて良いものの違いが分かるようになる。ここに住む人は、骨董の目利きが多いといっても良い。同じように、本を選ぶのも、目利きであることが重要だと言える。

俊郎が興味を持っているのは、主に美術関係の本である。画集の類たぐいなら難しい外国語を理解する必要もなく、眺めているだけで楽しい。いつの間にか買い集めた画集で本棚が埋まるようになった。

しかし古典絵画はそう生易しいものではなかった。それに気付いたのは、仕事でこのイギリスに住むようになってからだ。ロンドンの美術館は教材の宝庫である。歴史的事件の一瞬を捉えた場面や、よく知られた神話の中の出来事。そこに込められた秘密の謎解き。それを解くのは一冊の本を読むように面白い。俊郎はたちまち古典絵画のとりこになった。

 

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