【前回記事を読む】嫌な予感がする。所長室で待っていたのは、所長だけではなかった――部屋に入ると「……来たな」

第1章 牛乳の味はほろ苦い

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川本は、いつものように丁寧に川辺に挨拶をした。吉本所長は、川本にまず席を勧めた。川本は、ゆっくりと吉本所長の隣の席に着いた。席には、茶が運ばれていた。すでに詳細な説明が、川辺事業部長から吉本所長たちにされていたと窺えた。

川辺事業部長は、吉本所長に目配せをした。吉本所長は、おもむろに口を開いた。

「君を呼んだのは、概略しかじかだ」と説明し、詳細は川辺事業部長からもう一度話をしてくれるよう促した。

川辺事業部長は、茶を一口飲んだあと、熱を込めて話し始めた。

「川本課長にまたお願いに来ました。実は、君の担当分野ではないらくらく乳業からの受注プロジェクトで問題が起きていることがこの2、3日でわかりました。それは工程遅れです。今2月ですが、らくらく乳業への納入は5月の連休となっており、これは必達事項です。

というのは、らくらく乳業は、牛乳の生産をしている企業で、夏場は最盛期となるため、夏場を迎える前の連休しかシステムの導入ができないからです。

実は、らくらく乳業は当社にとって重電機器を多く納入している重要顧客であり、もしこのプロジェクトが完成できないとなると、重電機器などの商談に大きな打撃を受け、重電部門などからの当部門への突き上げが大きくなることは必定です。

この件は、副社長である事業本部長にも報告し、本部長の許可を得て、急遽飛んできた次第です。はっきり言って申しわけないのですが、我々も何が問題なのか具体的にわからず、困惑しているのが本音です。

今回は、顧客からの圧倒的なクレームで昨日も数時間怒られました。工場の担当部門の課長にも聞いているのですが、原因などの実態がわからず、客先に説明できない状態で、ほとほと困惑しています。君には毎度のことですが、このプロジェクトの実態を把握して対策を立ててもらいたいのです」

「対策を立てるだけで良いのですか」

「うーん。そこは君の判断が何より頼りだが、客先との交渉の中で決めていくことになると思う」

「このプロジェクトが、完成できないと私が判断したら、どうするつもりですか」

「うーん。事業本部長以下、相当の影響が出ると思うね」

「今、2月の半ばですよね。客が5月に間に合わないという判断はどこから来ているのですか」

「実は、プラントを運転するプログラムは、客先が作成していて、そのプログラムを支援するサポートプログラムを当社が受注しているのだが、進捗が思わしくなく、このままだと5月までに完成できないと判断しているようです」