当初は秘書の仕事をやっていたが、仕事の面白さが分かってきた。お金も欲しかった。母一人、子一人の生活は厳しかった。

前夫の友人のアドバイスやウラジオストクの実家の支援を受けて、ロシア物産を輸入して日本で販売を始めた。ルートが確立したので貿易商社を立ち上げた。アンゼリカが美人で独身なので中年の日本人男性が進んで仕事の手助けをしてくれた。

アンゼリカの年下の内縁の夫は以前フォワーダーだった。自社で輸送手段を持たずに、荷主から貨物の輸送を委託され、他の事業者の船舶、航空機、トラックを用いて輸送業務を仲介する事業者だ。輸出入に必要な書類作成、通関手続き、保険手配など、輸出入に関わる一連の業務を代行していた。

内縁の夫がリーダーとなり、日本の中古自動車部品関連をロシアに輸出し始めた。ロシアでは日本車の評判が高かった。特に中古エンジンの需要は高かった。夫が死亡してから会社を立ち上げて必死に頑張り、十六年間で売上高年間三億円、会社員十五名の株式会社を経営している。ロシア人経営者として一目置かれている。