母は偉大

どうして愚かな人間ほど『普通ではないこと』を笑ったり、けなしたり、存在を低く見るのだろうか。きっと周りが黒の中で白を選んだらお前たちは笑うのだろう。醜いアヒルの子が白なら、白という色を煙たがるのだろう。いいだろ、それでも。それが個性というものだろうが。

個性を出さず多数派の意見に埋もれて恥から身を守る事しかできない方がよっぽど臆病だし笑われる存在だ。大多数がそういう考え。だから自分で自分を誇れる存在になりたい、はたから見れば恥だったり笑いの対象だとしても。

その考えを自信持って表に出してくれたのが筋トレだった。筋トレを始めたきっかけを話すと大学の卒業式。それよりも少し前のことを話したい。

大学3年になる頃、少しずつ周りが始めていく就活。自分は特に何もしたくないし、好きなことも働く上ではなかったからあてもなくさまよっていた。周りの友達の中にも単位を全然取っていなく、留年確定されていた奴もいたが自分は3年になる頃には単位はほとんど取れていて、ほぼ学校には通っていなかった。

そういう所はちゃっかりしているのが自分の性格だ。仕事もそうだが、ずっとオンにしていると疲れる。だからやる時、ここぞって時にしっかりやれていればいい。しかし就活だけは結局最後までスイッチがオンにならず、4年の卒業間近まで来てしまっていた。

それでも一応、内定は一社取っていた。建設系の仕事。もちろんそこには興味もないし働きがいなんて何もない。ただ大学生活を楽しむために心の余裕が欲しく取った人生の滑り止めのような存在でしかなかった。

そうしてその滑り止めを持ったまま、卒業式の当日を迎えた。久々に早起きして、慣れない硬いスーツを着ている途中、母親がこう言った。『本当にそれでいいの?』何のことを言っているかは一瞬で理解できた。

だって自分もずっと同じことを自問自答していたから。そこの建設業の仕事に内定した時も母親は満足いってない顔をしていた。多分それは自分も納得していないのを感じていたし、本当にやりたい事から自分が遠ざかっていたから。

『本当にやりたい事はそれじゃないよね』と言われた。それを聞いた瞬間、ハッとした。自分は何をやっているんだと。働くとこなんていくらだってある、本当に自分がしたい事を探せと。

その言葉は自分の背中を強くたたいてくれたと同時に、優しく一歩前へと背中を押してくれるようだった。なんとも面白い話だ。内定が決まっていた卒業式当日、その言葉を聞いて迷う事なく会社へ電話した。

決まっていた安定な道を捨ててまで自分のやりたい事を勧めてくれる母親なんてそうそういないだろう。もしあの時母親の言葉がなければそのままやりたい事もない会社に入って何ともない日々を過ごしていたのだろうか。そう考えると母親はやっぱり偉大だなと思う。一番の理解者だなと改めて感じた。