「今夜、最終的な返事を迫られた。僕が断ったら、沙織さんは泣いた。彼女にとっても大事なビジネスプランだったんだろう。感情的になって――あれはそういうことだ」
「でも、あの人があなたを好きなのは本当でしょう?」
雅彦はしばらく黙った。雨が東屋の屋根を叩いている。
「……否定はしない。沙織さんの気持ちは知っていた。でも僕は一度も応えたことはない。妻が生きていた時も、亡くなった後も。そして今は――あなたがいる」
よし子を見た。暗がりの中でも、その目が真剣だと分かった。
「僕が沙織さんと2人で会っていたのは、確かに配慮が足りなかった。あなたを不安にさせた。本当に申し訳ない」
「私こそ……話も聞かずに飛び出して」
「飛び出したくなるほど辛い思いをさせたのは僕のほうだ」
雅彦がよし子の手を取った。2人とも雨で冷え切っている。でもその手を握ると、少しずつ温かさが戻ってくる気がした。
「ずるい人ですね、あなたは」
「え?」
「そうやって誠実に話されたら、怒り続けられないじゃないですか」
雅彦が小さく笑った。よし子も、涙の残る顔で笑った。
「1つだけ、お願いがあります」
「何でも言ってください」
「もう、あの人と2人きりで会わないでください。仕事の話でも、私を交えてください。私はあなたの妻です。蚊帳の外に置かないで」
「約束する」
雅彦がよし子の手を強く握った。