1980年、東京は〈テクノポリスTOKYO〉がNYやロンドンに並ぶ大都市であることを高らかに謳い、ソニー、ホンダ、YMOと新たな〈日本〉の世界でのブランド化を象徴する年となったのである。
サイバーパンク3の小説家であるブルース・スターリングは、この時期の特徴を、テクノロジーとアンダーグラウンドカルチャーの融合として、次のように述べている。
「融合は八〇年代の文化エネルギーの決定的な源となっている。
サイバーパンクの作品は八〇年代ポップカルチャー全般と対応している。
ロック・ビデオや、ハッカーのアンダーグラウンドや、ヒップホップやスクラッチ・ミュージックの耳ざわりなストリート・テクノロジーや、ロンドンや東京のシンセサイザー・ロックなどである。
こうした現象、こうした力学は、グローバルなひろがりを持っている4」
テクノ文化の先端がニューヨークでもロンドンでもパリでもなく東京にあるという感覚は、大きなパラダイム・シフトと言える。