青山ベルコモンズで買い物をしてお洒落なカフェで美味しいケーキを食べるのが楽しみだった。
通っていた音楽大学は池袋だったが、あの猥雑な環境には馴染めなかったし、私鉄沿線の閑静な住宅街に住むのも今一つワクワクしなかった。
九州の田舎町で育った私にとって、南青山で暮らすことは夢だったのだ。
刺激的で最先端のお洒落な街、南青山!
「一番好きな場所に住むことで、人生が変わる!」そう信じていた。
1993年から青山学院大学の傍で小さなインテリアショップを営んでいた私は、職場からも近く徒歩で通えることも嬉しかった。
私が欲しかった部屋は、100平方メートルちょっとの2LDK。
20畳以上のリビングがあり、全室が日当たりの良い南東向き。もう少し狭い部屋もあったけれど、妥協はしないと決めていた。
高校生の頃、音大受験用にと両親に買ってもらったグランドピアノを置きたかったので、20畳以上のリビングは必須条件だった。
問題は資金だった。
仕事は順調だったけれど、たいした蓄えがあるわけではなかったし、住宅ローンが通るかどうかわからない。
銀行が、零細企業の経営者に冷たいというのはよく聞く話だ。
家族経営に毛が生えた程度の、いつ潰れるかもしれないお店のオーナーに、銀行が多額の住宅ローンを貸してくれるとはとうてい思えなかった。
冷静に考えたら、私には高額すぎる買い物だった。
「無謀ですよ! 払えなくなったらどうするんですか?」
取引先だった信用金庫の担当者は、もっと分相応の物件を購入すべきだと親切に助言してくれた。
「え? 払えなくなったら、売ればいいんじゃないんですか?」