3.大学時代と就職

明るい話題のない高校時代、モラトリアムの気分のまま過ごし、高校3年になり将来の自分の進路について決める時期が迫っていた。

彼は早くこの町から出て、新しい自分に出会いたいという気持ちを持ち始めていた。進学するなら関西がいいかな、それも京都あたりは環境も良さそうだと漠然と思っていた。

学校の成績は中くらい、そんな中で京都産業大学の推薦枠があり、それに応募、運良く合格することができた。後で聞くと、担任の先生は「君は合格すると思わなかったよ」とのこと。

実は、彼が筆記試験の前日に偶然眺めていた参考書の近代日本文学の内容が、ほぼそのまま出題されており、人生で初めて「運の良さ」を感じた瞬間だった。

大学生活は、学業に専念というわけではなく、「新しい自分を発見したい」という欲望を持って下宿生活をスタートした。

下宿では初めての一人暮らしと自炊生活を経験、自分で作る野菜炒めがこんなに美味しいのかと感激した。細切りにしたニンジンとピーマンを炒めて、塩コショウをふっただけなのだが、めちゃくちゃ美味しく、実家では決して食べなかったこの2つの野菜が好物になった。

大学の成績は中の上で、3年次から「流通経済論」という当時人気のゼミに入ることができた。ゼミでの生活は楽しく、数回の合宿にも参加した。

夜の宴会は盛り上がり、楽しい時間を満喫。日中のレクリエーションは、ソフトボール。当時ソフトボール部のメンバーがリードしてくれていた。

卒論は、広告のマーケティングについての研究で、資料探しに大阪の大型書店に出かけてまとめた。この時、マーケティングについて若干興味を持ったことが、その後の人生の中で大きな意味を持つことになるとは、当時は思いもよらなかった。

 

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