『……え?』
二人の温度差に、思わずお互い首をかしげた。
「無理やり連れていかれたんでしょ? その先輩に」
「ち、違うよ!」
彼女は焦った様子で僕の両腕をつかみ、必死に否定する。違うって何が? じゃあ雪野さんもその先輩に気があって、自分からついて行ったというのか? もしそうなら、今僕がその先輩を責めるのはお門違いだ。もう自分が怒っているのか、ショックを受けているのか、わけがわからない。
「そうじゃなくて……」
「うん」
「断れなくて、私先輩を振り切って逃げちゃったの」
「……へ?」
気が抜けて情けない声が出てしまった。
「だから先輩に合わせる顔がなくて……。朝すれ違ったとき、先輩はいつものように挨拶してくれたんだけど、私、それも無視しちゃって……」
「…………」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。僕は混乱していた頭を整理して、彼女の話をもう一度思い返す。
「え、じゃあ何もなかったってこと?」
「何もなくないよ、黒田くんはその話を聞いたんじゃないの? 先輩を無視する失礼な後輩だって」
その言葉を聞いて、僕は緊張の糸が切れたのか、どっとおかしさが込み上げてきて、涙が出るくらいおなかを抱えて笑った。
何を早とちりしていたんだろう。自分の勘違いが恥ずかしすぎるし、雪野さんも雪野さんだ。あんな言い方をしたら誰だって僕のように考えるのに、本人は誰も気にしていないことで本当に悩んでいるみたいだから、それがおかしくてたまらない。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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