「貢さん、行かないで」
えっ、どういうことだ。俺は振り向いて沙優を抱きしめたかった。しかし、それは許されることではない、自分の気持ちがはっきりしていないのに、その場の空気に流されて、沙優を抱きしめるなど出来ないと自分に言い聞かせた。
俺は沙優の腕を掴んで、静かに俺から引き離した。そして、振り向かずマンションを後にした。
俺は瑠美と連絡を取った。瑠美は三十分遅れて待ち合わせ場所に現れた。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
この間と雰囲気がまるで違った。
「この間のことはどうなったんだ」
「あ〜っ、大丈夫よ」
「そうか、解決はしたのか」
「うん」
「俺に出来ることがあれば……」
そこまで言いかけて瑠美は俺の言葉を遮った。
「何にもないから、必要な時は連絡するから、勘違いしないで、より戻したいわけじゃないし、あの夜だって、貢は酔って寝ちゃったんだから。何にもなかったし、貢が結婚して父親になるって聞いて、ちょっと困らせたかっただけだから」
あの時の光景が走馬灯のように蘇る。俺は何を見ていたんだ。三年前も今も瑠美に振り回されて、瑠美の本当の姿に気づくことが出来なかった。瑠美の見せかけだけの姿しか目に入らなかった。
沙優に惹かれて結婚したいと強く思った、初めて沙優との子供を欲しいと願った。その後、沙優に対して、俺がいなくても大丈夫だなんて思うことは全くなかった。沙優はいつも俺だけを見てくれていた。