四
学業のために入学したものの、剣術部の活動でそれどころではなかった。無論最低限授業に出席し、課題も提出してきた。然し、武司が夢見た程に何か今後に生かせるものを身に付けた実感はなかった。自身の学生生活の大部分を占める部活動も本来の目的であった学業も全てが中途半端に思えた。そのような自分自身に武司は心底虚しさを感じていた。
武司が興味を持つ数少ない授業の中に倫理学があった。一年生の夏休み明けから履修した授業であったが、死を主とした題材を取り扱い、答えなき哲学好きの武司の探求心を掻き立てた。
剣術部の部員とは仲が悪かったわけではないが、部活動以外でそこまで頻繁に関わりたいとは思わなかった。勿論会えば挨拶を交わすし、時には一緒に授業も受けたが、武司から声を掛けることはほとんどなかった。他の交わりを許すことのない孤独な空間で思考に耽ることに愉快さを見出し、その題材としてこの倫理学という学問は最適だったのである。
講義を聞いている中で武司はふと一度だけ父を尊敬した瞬間を思い出した。それは父が交通事故に遭い、入院したときのことだった。当初は意識不明の重体であり、連絡を受けた母は給食を呑気に食らう武司を早退させ、病院へ駆け込んだ。病室へ入ると昏睡状態だと思われた父は横になって動けずにいるものの、意識を取り戻していた。
「お前達随分と早かったな。武司は学校じゃないのか」
安心したのかその場に泣き崩れる母に対して、父は大袈裟だなと困惑した様子だった。そうは言うものの父の回復力は医師も驚愕する程であり、会話できているのも奇跡だったそうなので、母がこれ程心配したのも無理はないだろう。
「もし貴方の身に何かあったら私達はどうやって生きればいいのよ」
「そのときはまた別の男でもつくって暮らしていけばいいじゃないか」
心の奥底から不安を吐露する母をあしらい、冗談では済まされないことを漏らしたような気もするが、何事もなかったかの如く続けた。
「ある程度の財産は残しておくから心配するな。それはそうと思ったのだが、もし俺が死んだら葬式はしなくていい。墓など建てず、遺体も海に捨てるなり埋めるなりしてくれ」
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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