雑穀と出会った当初、僕はただただ雑穀地帯の原風景を求めて歩いた。山間を車で巡った。整然と区画された田んぼに稲穂がたれる日本らしい田園とは違う風景があった。穂は思い思いの方向にたれる雑穀は野性的で、原始的だった。そんな風景に出会うとわくわくした。
そのうちにそこでつくって食べてきた人たちを訪ねて歩くようになった。おじいさん、おばあさんに昔の食事や農業、どんな暮らしをしていたのか、たずねたかった。
地域の中で助け合いがあり、家族の中で子供も家事や農業を手伝う役割があったと知った。聞き取りを重ねるうちに驚くほど持続可能な社会と生きる力を育むヒントが隠されていると知った。
その人たちが語ったこと、受け継いできたことを少しでも記録して残したい。この十数年の間、主に昭和初めから戦後まもない頃までに生まれた人たちから話を聞き、時に作業を見学させてもらった。
特に昭和一ケタ世代は戦前の教育を受けて育ち、戦争中に多感な時期を過ごし、敗戦で価値観がひっくり返った時代を生きてきた。好不況の大波、経済社会がめまぐるしく変わった。個人主義が極まるように見える現代。最も激しい時代の変化を体感した世代と思う。
話を聞いた人たちは自分の経験だけでなく大人たちのしていたことをよく覚えていた。子供の頃のことを思い出すおじいさん、おばあさんの話は生き生きと問わず語りのままに流れた。昔を語れる最後の世代といっていいだろう。
山里に隠れるように広がる雑穀畑