【前回の記事を読む】文献では人に対して関心がないとされる自閉症児。しかし、実際のかれらはそうではない。ある日、T君がY君に...
第一部 自閉症の世界への道
第二章 実践小学校障害児教育 おひさま学級(仮名)
涙の代役盗癖
その当時は面談と家庭環境の観察をかねた家庭訪問があり、彼女の家にも訪問した。家にいたのはお父さんだけだった。
お父さんは面談の間、お母さんの悪口をずけずけ言っていた。話し好きらしく自分のこともあけっぴろげに話した。足が悪いようで、働いてもいないようだった。
その時何を話したかもう覚えていないが「是非、授業参観日に来てください」みたいなことを伝えたと思う。
その時の話を忘れずに、お父さんは授業参観日に来たが教室に入らず、廊下から授業を見ていた。
私は扉を開けて廊下に顔を出し、「お父さん、そんな所にいないで教室に入ってください」と声をかけた。
すると、「いや、俺はここでいい」と言って教室には入ってこなかった。授業参観に来たのは初めてだったかもしれない。
お母さんは毎日大学ノートに日記を書いて、娘に持たせた。私も毎回何かしらのコメントを書いて彼女に持ち帰ってもらった。
日記の中でお母さんはお父さんのことを「縁あって一緒になった人だから」と書いてきたことがあった。
私が家庭訪問で会った限りではお父さんは愛想が良かったが、日常生活では母親や彼女に対してはどうだったか? 叱るというより、怒鳴り、暴力を振るうことがあったかもしれない、と想像した。
彼女は父親について何も語らなかったが、盗癖は誰にも話せない悲しい気持ちのはけ口だったのかもしれない。
お母さんは毎日長い日記を書いて気持ちを吐き出していたが、彼女はどうだったか? 彼女の気持ちを聞き出してあげればよかった。
当時の私はまだまだ経験不足だった。自分の指導教材をあれこれ作ることに精一杯で、余裕がなかった。
障害児教育の指導者に必要なのは、子どもの声なき声を聞く気持ちの余裕を持てることだと痛切に思い返している。