「じゃあ、僕は遥香に会う資格がまだあるってことですかね」
「もちろん。行っていろんな話をして来いよ」
谷岡先生はぽんと優しく背中を叩いた。僕が「失礼します」と言うと、彼は「また学校に遊びに来るといい」と言った。遥香との騒動があって転校した僕のことを、三年経ってもなお心配してくれている。そういう人が自分の周りにはちゃんといたのだと思うと、この地に戻ってきてよかったと思えた。
僕が歩き出したと同時に、背中に谷岡先生の声が降りかかる。
「あれ? 緑川ってあっちじゃないか?」
振り返ると、彼は僕が歩き出したのとは逆の方向を指さしている。その先にあるのは、白ヶ丘(しろがおか)という場所で、少し高台になってはいるが、民家はほとんどないエリアだ。
「遥香の家はあっちだと思いますけど……」
谷岡先生は僕の指さした方向を見て、しばらく考え込んだ後、納得したような表情を見せた。
「ああ、軽く家に行くってことか。思い出だもんな。楽しんで」
谷岡先生は僕が歩いていくとのは反対の方向に、足を向けて歩いていった。
僕も遥香のもとへ急ぐとしよう。
遥香の家は谷岡先生と別れた場所からさらに市街地へ入り、五分ほど歩いた場所にあった。意外にも、遥香の家のほど近い場所で立ち話をしていたようだ。
地図アプリで見ていた通りの立派な戸建てが建っている。地図アプリ上では表札を見ることができなかったため、違う家なのではないかという不安もあったが、表札をのぞき込むと、そこには黒いプレートに白文字で『緑川』と書いてあった。間違いない。ここが遥香の家だ。
インターホンを押そうと指を出すが、すぐに引っ込める。自分でも心配してしまうくらいに指が震えているのだ。緊張とは違う、まるでなにか得体の知れない病魔に脅かされているかのように、僕の指は縦横に振動している。
やはり自分はこの場所に来ることを恐れているのだろうか。あのときの遥香の両親から向けられた、害虫を見るかのような強烈な目が蘇る。思わず身震いする。東京からここに来るまでの間、ずっと隠してきた、目を向けないようにしてきた恐怖という感情。僕はやはり一ミリたりとも克服などできていなかった。
次回更新3月17日(火)、11時の予定です。