「確かに。ですが、そのような緻密な戦略、罠を殿がしかけていたとは微塵も思わず戦場を走り回っておりました。さすが殿様です」
「戦場では、青地に金箔の赤鳥印の義元の旗印が見えた。そばには神輿が見えたぞ。今川義元の旗印のそばに神輿が見えたのよ。
馬に騎乗すれば大将もわかりにくいが、神輿で物見遊山では、遠くからもよく見えた。
後は一気に神輿目掛けて攻撃した。たとえ700の少数でも、我が兵は家康も知る精鋭部隊よ。結果論だが、数で負けておっても、これで勝ちを引き寄せたな」
「殿、恐れ入りました」藤吉郎は、信長に平伏した。
「余計なことを話した。まさかお主、儂の動向を学んでおったのか? まるで忍者のような奴じゃ。まあよいわ。仕事に励め。民が食に困らぬ太平の世を一緒に作ろうではないか。よいな猿」
「は、ありがたき幸せ。肝に銘じてございます。信長様に一生ついて参ります」
「これからも頼むぞ、猿!」
「御意(ぎょい)、但し、殿が間違ったときは、ご無礼ながら進言申し上げますぞ」
「嬉しいことを言うのお。そのようなことが言えるのは、猿と道三の娘帰蝶くらいしかおらん」と信長は豪快に笑った。
儂は想う。信長様は、知る人ぞ知る天性の才覚の持ち主だった。
信長様の正妻濃姫の父、斎藤道三や並みいる一流の国主、知恵者の僧をして天才的な頭脳と発想と閃きと知恵と実行力を兼ね備えた逸材と言わしめた。
そのことは、大方の武士や大名家臣は誰も知らない。日乃本が、応仁の乱以降続く地獄絵図の時代を止めるために天が誕生させた稀有な人だと思ったわ。
その才能を感じとった儂は独自の嗅覚で天性の才を見抜き草履取りに士官した。そして信長様は信長様で、儂の持つ資質を見抜いたのだろう。
那古屋中村の一介の百姓出自の儂をいくら吉乃様の推薦とはいえ、身の危険に結びつく可能性ある身の回り係の小人として雇ってくださったのも信長様の驚くべき才覚であったわ。