何か僕にできることがあったら、と言いかけてやめた。彼女とは三年間クラスが一緒だとはいえ、彼女の家のことにまで口を出すのはどうかと思ったし、彼女がどのくらい大変な思いをしているかなんて僕には想像ができなかった。それに実際僕にできることも思いつかなかった。
家に帰れば玄関には明かりが灯っていて、おかえりってお母さんが出迎えてくれて、温かいご飯がある。そんな日常が当たり前だと思っていた。でも雪野さんは以前一人っ子だと言っていたから、きっと誰もいない暗い家に帰って、夕食の支度をして一人でお父さんの帰りを待っているのだろう。
校舎を出て、三人で並んで帰路につく。
「今日は昨日のカレーでカレードリアにしようかな」
「え? ドリアって作れるの?」
「案外簡単なんだよ。ご飯の上にカレーとホワイトソースでしょ、あとはチーズをかけてオーブンで焼くだけなの。お父さんの大好物なんだ」
「雪野さんすげー! 俺の家なんて冷凍のドリアだよ」
沈んでしまった空気を察したのだろう。明るい調子で彼女は話す。一年生の授業参観の数日前、僕が雪野さんのお母さんの話を聞いて泣いてしまったときも、こうやって明るい話題を振ってくれた。
優しくて、一生懸命で、穏やかで、そんな彼女には笑顔でい続けてほしい。雪野さんと拓也と別れ、一人暗い道を歩きながらそう願っていた。
「おはようございます。はい、みんな席に着いて」
担任は三年間ずっと石川先生だ。いつもと変わらない朝の風景。でも、いつもと違うのは、雪野さんがまだ学校に来ていないこと。
これまで遅刻は一度もないから、体調でも崩したのだろうか。ここ最近は冷え込んだ日が続いていたし、図書室も遅い時間になると暖房が切られてしまってかなり寒い。昨日遅くまで残っていたせいだろうか。
「えー……先生はこのあと職員室に戻らなければいけないので、出欠を取ったら日直の人はホームルームをお願いします」
いつもと変わらない朝、というのは一変した。先生の声は暗く、表情が曇っている。そんな雰囲気をクラス中が感じたのか、いつもは席に着くまでがやがやとして時間がかかるのに、今日はすぐにみんな席に着くと、時が止まったようにしんとする。
「……雪野さんは家庭の事情でしばらくお休みします。あとは全員そろっていますね」
先生は落ち着かない様子で、出席簿をぎゅっと強く抱えている。雪野さんに何かよくないことがあったということがすぐに理解できた。不安を感じて拓也の方に視線をやると、すぐに目が合った。拓也もこわばった表情でこちらを見つめている。
「では、あとは日直の人にお願いしますね」
小さく頭を下げると、ヒールの音をカツカツ鳴らしながら先生は小走りで教室をあとにした。教室中がざわざわと落ち着かない。
不穏な空気のまま、連絡事項の確認と今日の時間割の確認を終える。そのまま一時間目の授業が始まるのを待っていると、廊下をバタバタと走る音が近づいてきた。
「──透! 拓也!」
息を荒らげて乱暴に教室のドアを開けて入ってきたのは隼人だった。
「今朝のニュース、知ってるか?」
『え?』
拓也と声がそろう。二人で目を見合わせるが、わからないと首を振る。
「昨日の夜遅くに、グラウンドの横をまっすぐ行ったところにある家で火事があったんだよ。噂だとうちの学校の生徒の家らしくて、誰か亡くなったって」
「──えっ」
顔からさーっと血の気が引いていくのを鮮明に感じた。嫌な予感が背筋を冷たく流れていった。隣に並ぶ拓也も足が震えている。
次回更新は3月9日(月)、20時の予定です。