第四章「何もない」

「寒い……」

ぽつりと拓也がつぶやくのを聞いて、窓の外に目をやると雪が舞っている。まだ十二月になったばかりだというのに、今年は特に寒い。都内で雪が降ることなんてほとんどないから、もの珍しさに少しだけ見入っていた。

中学三年生になった僕たちは部活も引退して、受験勉強に明け暮れていた。今日も放課後に図書室に残って拓也と向かい合って過去問を繰り返し解いている。

「なあ透、最近隼人と悠人見ないけど、あの二人ちゃんと勉強してるの?」

「隼人は先月から冬期講習に通ってるんだって。真面目に勉強しないからお母さんが怒って勝手に申し込んだらしいよ」

「ついに観念したのか」

「しぶしぶだったけどね。今は結構真面目に勉強してるよ」

二年生になるときにあったクラス替えで、僕と拓也のサッカー部組は一組、隼人と悠人の野球部組は四組になった。クラスが離れてからも僕たちはよく一緒に遊んでいたし、四人ともクラス委員を続けていたから委員会で顔を合わせることも多かった。

秋ごろまでは放課後一緒に図書室に残っていたんだけど、このところ隼人と悠人が図書室に来ることはほとんどなくなった。受験も近づいているんだし、いつまでも四人で仲よくというわけにもいかないだろう。それでも幼馴染で家が近い僕と隼人は家族ぐるみで休日も会うことが多かったから、隼人の状況はよくわかっていた。

「悠人は?」

「あー……なんか噂では彼女ができたとかで、教室で一緒に勉強してるみたいだよ」

「──マジで?」

図書室にいるということも忘れて、ガタガタっと音を立てて立ち上がる拓也。大きな声を上げてしまったことにはっとして、申し訳なさそうに周囲に頭を下げて座り直す。

「俺聞いてないんだけど」

「僕も本人からは聞いてないけど、クラスの女子が話してた」

「……悠人のやつ、そういう大事なことは教えろよな。で、誰と? いつから?」

拓也はもう勉強が手につかないようだ。興味津々で僕の言葉を待っている。

「僕もあんまり詳しくないんだけど、野球部のマネージャーだった川村(かわむら)さんだって。一年生のときに同じクラスだった。引退してすぐに悠人から告白したらしいよ」

「えー、あの悠人が意外だな。川村さんってあのおとなしい子だろ。それこそ雪野さんとよく一緒にいた」

「そうそう。でも前に部活の話をしてたとき、悠人が川村さんのことを一生懸命でいい子だって話してたよ」

その話をしたのはもう一年以上も前だけど。多分そのころから悠人は川村さんのことが気になっていたのだろう。僕自身、川村さんと話したことはほとんどなかったけど、彼女の名前はよく悠人の口から耳にしていた。

「悠人と川村さん……ね」

拓也はまだ悠人に彼女ができたという事実に信じられないといった様子でいる。僕も噂で聞いたときはすごく驚いた。

明るくてお調子者で、勉強もスポーツもできる悠人はなんだかんだモテる。だからこそおとなしい川村さんと付き合ったということが衝撃だったのだろう。

「川村さんがどうしたの?」 雪野さんがひょこっと僕たちの間から顔を覗かせる。今日も図書室の隅っこで勉強をしていたようで、数冊の参考書を胸に抱えている。

雪野さんも僕たちと一緒の一組。三年間同じクラスだ。このころにはもう仲よしといっても誰も否定しないくらい親しくなっていて、たわいのない話を自然にするようになっていた。

「悠人いるじゃん、川村さんと付き合ったんだって」 はあ、と大きなため息をつきながら拓也は答える。

「知ってるよ、告白されたってすごく嬉しそうだったもん」

「受験生の本分は勉強だろ」

投げやりに拓也はそう言うと、頬杖をついて再び大きくため息をついた。

「二人で同じ高校に行こうって、頑張ってるみたいだよ」

そうやって一緒に頑張れるのって素敵だよねと、彼女から笑みがもれた。

次回更新は3月8日(日)、20時の予定です。

 

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