私の小学生時代はスーパーやコンビニがなかったので、お店ごとに別々の商品を売っていた。肉屋、魚屋、薬局、種(たね)屋、自転車屋、タバコ屋、米屋、金物屋、酒屋、花屋、豆腐屋等々。

昔、夕飯のおかずを買いに母と魚屋に行った。

店主のおじさんがくじらの皮のような黒くて長~い前掛けに長ぐつを履いて、店の前に立っている。

コンクリートの床はいつも水が流れて濡れていた。大きなガラスケースに捌いた魚が並んでいて、ブルーの大きなプラスチックバケツの中にも魚がいた。

母は色々と目利きをして、「これと、これと、これを下さい」と言うと店主は、「あいよ。今日は鰺が新鮮だよ」と返してもう少し買わせる。「じゃあそれも頂戴」なかなかの商売上手だ。

学校から帰って来て、友達と肉屋に行ってその場でアツアツのコロッケを一個揚げてもらい、一緒に食べるのも楽しかった。

私の中学生時代は一九七八年から一九八一年の昭和五十年代で、日本が高度経済成長期から安定経済成長期に入った頃だった。

小学校の校舎は木造校舎から鉄筋コンクリート四階建てに。体育館も完成し、卒業式と謝恩会はこの新しい体育館で行われた。

しかし中学校は木造建築の二階建てで、渡り廊下があり校舎が三つに分かれていた。一階から二階に上がる階段には踊り場があり、そこで友達とおしゃべりしたり、窓から桜の花が散るのを見て楽しんだ。

そのせいか、私は大人になってもクラシックホテルが好きで、横浜のホテルニューグランドに子供達と宿泊したり、娘の高校受験合格のお祝いに軽井沢に家族旅行した時も、旧三笠ホテルに立ち寄ったりした。

木造建築の素敵な空間を一緒に見学する事が出来て、とても懐かしく味わい深い時を過ごせて私の良き思い出となっている。子供達の心の中もそうであって欲しいと思う今日この頃である。