新聞配達員は真面目な人が多いのか、私の知る限り犯罪事件に巻き込まれた話はほとんど聞いたことがなかったですが、中途で販売所に入所してくる人の中には時々、人が騙されてしまいそうな虚言癖のある人もいました。そうした人とは、毎日世間話をして同じ釜の飯を食べながらも、当たらず触らずの関係でいるようにしました。
この仕事で一番嬉しかったのは、配達先で牛乳をプレゼントされたり、すれ違うヤクルトおばさんからヤクルトを頂いたり、他社の新聞配達員と親しくなったり、新聞を交換したり、日々の挨拶をすることでした。配達先のお客様からお年玉を頂いたこともあり、今でも当時の思い出や感激は忘れられません。
反対に配達の途中で怖くて嫌だったのは、飼い犬を鎖でつながずに放し飼いしている家が多かったので、犬に吠えられたり、追いかけられたりすることでした。だから当時は犬が大嫌いで、飼い犬からかみつかれたトラウマが夢から消えないこともありました。
トラウマといえば、朝寝坊して店主から叩き起こされ、配達が遅れてお客様に叱られたり、お待たせしてご迷惑をかけたりした経験が、後に仕事を辞めてからも夢の中に何度も出てきたことでした。今日においてお客様に決して迷惑は掛けられないという責任感は、当時の新聞配達の経験で植え付けられたのかもしれません。
高校を卒業して上京した浪人中の十八歳の頃、中年の男性が新聞販売所に入所してきて次第に親しくなりました。その方は戦時中に中国に住んだことがあり、めずらしく中国語が上手くて、当初からの印象もとても親切で穏やかな性格に見えました。