朝、食卓で妻と顔を合わせた時、その夢のことは話さなかった。
「俺が結婚するのは、やはりお前だよ。お前は、最高の女だ。俺の女は、お前一人だけだ」
そう言ったら、
「何よ。びっくりしたわ。急にどうしたの」
と、妻が笑った。
その時、突然、俺の身体に異変が起きた。胸に鋭い痛みがあり、立ち上がろうとしたが、床に倒れた。食器が落ちて、割れる音がした。私の名を呼ぶ妻の声が、遠くに聞こえた。それを最後に、意識を失った。
時が流れている。
何か音がする。何の音か、わからない。
どうやら、気がついたようだ。でも、確信が持てない。しかし、そのように思えるのは、意識があるからだろう。
だが、何も見えなかった。私は、盲目になったのか。
しかし、自分がゆっくり歩いている感覚があった。歩いているというより、歩かされているのかもしれなかった。別に歩こうと思っていたわけではないのに、足がひとりでに動いていた。何故か、立ち止まる気にはならなかった。振り返る気にもならなかった。
しばらくしたら、目が暗さに少し慣れたのか、周囲の一部がぼんやりと見えてきた。暗い、古い、トンネルのような道を進んでいた。
側壁らしきものは、苔むして、水がしたたり落ちているようだ。
車がやっとすれ違えるくらいの道幅だ。天井は見えない。ないのかもしれない。どこにも明かりはなさそうなのに、どこからかわずかな光が入っている。
何か音が聞こえる。かすかな音。人の足音のようだ。自分のものとは、リズムが違う。
それも、複数、聞こえてくる。
前方に、他にも歩いている人の黒い影が見えた。まるで幽霊のように不気味な姿だ。かすかだが、かび臭さに加えて、線香のようなにおいがした。それで、死を連想した。前を歩いているのは、死者達であるかもしれない。
ということは、私も、既に、死んでいるのか。このトンネルは、死者があの世へ向かう道なのだろうか。幽界へつながる道なのか。
歩みを早めた。無意識でのことだった。あの世へ急ぐつもりはなかった。
次回更新は4月3日(金)、21時の予定です。
【イチオシ記事】元カノに触った手で触れられるのが嫌で、夫の手を振り払ってしまった。帰宅後、ドアを閉めると同時に激しくキスされ…
【注目記事】彼女から自殺をほのめかすメールが毎日のように届いたが、ただの脅しだと思い無視し続けてしまった。その結果、大学の卒業式当日に…