――(陽気で優しいエース)井戸川絹子さんは来夏に延期された東京五輪で聖火ランナーを務めることを楽しみにしていたが、かなわなかった。東洋の魔女の歓喜は64年東京五輪のハイライトだ。閉会式前日の大会第四日にライバルのソ連(当時)との全勝対決にストレート勝ちした。
団体競技では五輪史上初の金メダルで視聴率はスポーツ中継歴代トップ……「鬼の大松」の異名をとった故・大松博文監督が「おれについてこい」と選手に猛練習を課し、独自に生み出した「回転レシーブ」による粘り強い守りで世界一に上り詰めた……(毎日新聞2020年12月8日)
〈余談〉
東洋の魔女と大松監督の活躍は映画になった。都内でそのロケに出会ったことがある。あんまり昔で場所もよく覚えてないが、川沿いを歩く女性を撮影していた。それが選手本人だったのか、女優さんだったのか遠くて判らなかった。そのとき、会社のお使いで急いでいたが、いま思うとゆっくり見学すればよかった。
※1 『少年少女20世紀の記録22』(織田幹雄著、あかね書房1979)〈東洋の魔女〉編は往時の感動を蘇らせてくれた。おそらく、陸上とバレーボールと競技はちがってもスポーツ選手として通じるものがあるからだろう。
参考資料:『人見絹枝 日本人初の女性オリンピック選手』大野益弘、しちみ楼著、小峰書店2019/『溜飲を下ぐ』丸山幹治著、言海書房1935/『「東洋の魔女」論』新雅史著、イースト新書2013/『日本人名事典』三省堂1993/国立国会図書館デジタルコレクション
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