【前回記事を読む】北海道で最初の鉄道 小樽の手宮~札幌を結ぶ幌内鉄道は、これまでの日本には無かった構造が採用されることとなり…
春の記
2021 1.16
アムステルダムオリンピック・人見絹枝、東京五輪・東洋の魔女
下手の横好きで卓球をする。コロナ禍で試合は無く、私はラケット振れればOKだが、上級者は大会の開催を待ち望んでいるようだ。
今まさに、卓球全日本選手権が行われているが、一般人が参加できる試合はほとんど休止中である。オリンピック出場がかかる試合でも開催できてない競技もあるかもしれない。いずれにしても選手の心情は……察してあまりある。
さて、一年延期の東京オリンピック、開催できるのだろうか。日中戦争が始まり実現しなかった「幻の東京オリンピック」みたいにならないといい。それにしても、この状況を誰が予想しただろう。
しかし何はともあれ、当事者はオリンピック開催を信じ、選手は努力を重ね、コーチはそれを支えている。
次の記事は、視覚障害者柔道界に15年のブランクを経て復帰、同級生コーチと二人三脚で東京パラリンピックに挑む選手の話。――女子63kg級の工藤博子(36歳)=シーズンアスリート=だ。
地元・大分で介護職員をしていた一人の女性が2018年、畳の上で頂点を目指すアスリートに転身……ともに畳の上で汗を流した盟友、東京で視覚障害者柔道選手を指導していた仲元歩美さん(36歳)の指導で18年6月に国内大会で優勝、実績を積み、20年8月に東京代表候補に内定……東京大会の一年延期が決まったが……フィジカル面を強化するために、筋力トレーニングを重点的に行い体重の増加にも取り組んだ。
工藤は「コロナ期間中での成長を実感している。東京大会では金メダルを目指す」と意気込んでいる(毎日新聞2012年1月12日 月刊パラリンピック)。
夏期オリンピックの女子(明治~昭和)
1912(明治45)年―第五回 ストックホルム(日本初参加)日本参加人数 女子0人・男子2人。
1928(昭和3)年―第九回 アムステルダム 人見絹枝が陸上800mで銀メダル獲得。女子1人・男子42人
1932(昭和7)年―第十回 ロサンゼルス 前畑秀子が競泳200m平泳ぎで銀。女子16人・男子114人
1936(昭和11)年―第十一回 ベルリン 前畑秀子が競泳200m平泳ぎで日本女子初の金。女子17人・男子162人
※前畑秀子さんのアルバムに残る人見さんの写真
――同時代を生き、日本女子スポーツの礎を築いた二人……人見絹枝さん、姉のように仲よしだった(毎日新聞2020年5月25日)
1940(昭和15)年―第十二回 幻の東京オリンピック(戦争で中止)。
1948(昭和23)年― 第十四回 ロンドン JOC(日本オリンピック委員会)招待されず。
1952(昭和27)年―第十五回 ヘルシンキ 女子11人・男子61人
1960(昭和35)年―第十七回 ローマ 田中聡子が競泳100m背泳ぎで銅。女子20 人・男子147人
1964(昭和39)年―第十八回 東京 女子バレーボール(東洋の魔女)が金。体操団体で銅。 女子61人・男子294人
1968(昭和43)年―第十九回 メキシコシティ バレーボールが金。女子30人・男子153人
1972(昭和47)年―第二十回 ミュンヘン 青木まゆみが競泳で金。バレーボールが銀。女子38人・男子144人
1976(昭和51)年―第二十一回 モントリオール バレーボールが金。女子61人・男子152人
1980(昭和55)年―第二十二回 モスクワ 日本不参加。
1984(昭和59)年― 第二十三回 ロサンゼルス シンクロナイズド・スイミングとバレーボールで銅三つ。女子53人・男子178人
1988(昭和63)年―第二十四回 ソウル 長谷川智子がライフル射撃で銀。シンクロナイズド・スイミングで銅二つ。女子71人・男子188人
2016(平成28)年―第三十一回 リオ・デ・ジャネイロ 参加。女子164人・男子174人